自社の技術と買った会社の技術を組み合わせて新しい製品を作る。この狙いで会社を買ったとき、買い手の要件定義にはたいてい「技術がわかる人」と書かれる。

これが落とし穴である。技術を融合する局面で実際に必要になるのは、両社の技術者の時間と設備を、どちらの開発に割くかを決める人だ。技術の優劣を読む仕事ではなく、片方を待たせる判断をして、待たされる側に説明する仕事である。

そして技術がわかる人ほど、この判断ができないことがある。理由は後述する。

報道されている事実

マールオンライン(M&A Online)の報道と、そこで引かれている統合報告書から、公表されている事実だけを並べる。

  • 電力ケーブルやデータセンター向け光ファイバーを手がけるSWCC(5805)は、2025年に日本政策投資銀行との共同投資で電線・電子部品メーカーのTOTOKUの株式を取得した。持ち分はSWCCが51.0%、日本政策投資銀行が49.0%である
  • TOTOKUは半導体の後工程(組み立て後の検査・信頼性試験)向けのコンタクトプローブを手がけ、効率よく大量に生産できる点を強みとしている
  • SWCCは自社の銅合金などの素材開発技術をこれに組み合わせ、半導体製造の前工程にあたるウエハー検査向けにも製品を広げようとしている。前工程向けにはカンチレバー型など3種類を展開する方針を掲げている
  • 現在は顧客の前工程装置で製品サンプルの評価が行われている段階にあり、2026年8月に公表した統合報告書で、2028年3月期からの収益貢献を目指すとした
  • 半導体事業の売上高は2026年3月期の85億円から、2031年3月期に180億円へ拡大する計画である
  • 2027年3月期から2031年3月期までの中期経営計画では、5年間で800億円のM&A投資枠を設定し、計画開始から3年以内の実現を目指すとしている

※ コンタクトプローブとは: 半導体や電子部品が正しく動くかを検査するときに、製品の電極に当てて電気を通す極細の針状部品のこと。電極の間隔が狭くなるほど、細く、曲がらず、何万回当てても摩耗しない針が必要になる。素材と加工精度の両方が効く部品である。

以下は公開情報からの推測であり、同社の内部の判断を知って書いているものではない。買収の評価をする記事でもない。読み取れるのは技術融合型の買収に共通する構造であり、そこから経営人材の要件定義をどう書くかが本題である。

「技術融合」は技術の話ではなく、資源配分の話である

この案件の構造を一般化すると、こうなる。買い手は素材を開発する技術を持ち、買われた会社は量産する技術を持つ。この2つを組み合わせて、いまより難しい用途(後工程から前工程へ)に製品を広げる。

ここで見落とされやすいのは、組み合わせる作業の原資がどこから出るかである。

買われた会社の量産技術は、すでに売れている製品を作ることで収益を生んでいる。その技術を融合製品の開発に使うというのは、現に稼いでいるラインと技術者の時間を、まだ1円も売上のない開発に割り当てることを意味する。試作のために量産ラインを止める日が出る。歩留まり(良品が取れる割合)の改善に充てるはずだった人の週が、サンプル評価の対応に消える。

※ 歩留まりとは: 作った数のうち、検査に通って出荷できる割合のこと。量産技術の勝負どころで、1ポイントの改善が利益に直結する。量産側の組織はここを守る前提で設計されている。

つまり技術融合とは、既存事業の収益を削って新製品の可能性を買う意思決定である。技術の問題ではなく、資源配分の問題だ。そして資源配分は、技術者が決められることではない。経営が決めることである。

ここが要件定義で抜けると、何が起きるか。現場では、素材側が「評価用のサンプルが出てこない」と言い、量産側が「今月の歩留まりが落ちる」と言う。どちらも正しい。両方正しいまま半年が過ぎる。買い手の経営会議に上がってくるのは「技術的な課題が残っている」という報告であって、「優先順位が決まっていない」という報告にはならない。

販売側のシナジーが同じ理由で遅れる構造については統合は順調なのに販売シナジーだけ遅れる理由|買収商材の横展開を任せる人の要件に書いた。遅れる場所が開発か販売かの違いで、原因の形はよく似ている。

なぜ技術がわかる人ほど止められないのか

ここが本題である。技術融合を任せる人に「両社の技術がわかること」を最優先に置くと、かえって決まらなくなることがある。

理由は3つある。

1つ目。 技術の原理が読める人は、どちらの技術にも固有の価値があることを正確に理解する。だから「こちらを先にやる」という判断が、もう一方の価値を否定する行為に見えてしまう。技術的に見れば、どちらも進めるべきなのである。正しく理解しているほど、落とせない。

2つ目。 技術の判断には「やってみないと分からない」という正しい留保が常に付く。サンプル評価の結果が出る前に優先順位を決めるのは、技術的には性急な判断になる。だから技術者の論理では、評価結果を待つのが正解になる。ところが待っている間も、両方の開発に人が張り付いている。

3つ目。 どちらかの出身である人は、落とした側の組織から「出身が違うから切った」と読まれる。実際の理由が技術的な妥当性であっても、そう読まれる。だから本人も、自分の出身側を優先したと見られない選択を無意識に探す。結果として、両方を少しずつ進める配分に落ち着く。

3つ目は、買い手が出身を混ぜれば解決する話ではない。どちらの出身でもない人を置いても、今度は「技術が分からない人が決めた」と読まれる。 読まれ方の問題は、人選では消えない。

消すには、決め方を先に設計するしかない。誰が決めるか、何を根拠に決めるか、決めたあと落とした側に何を約束するか。これを着任前に合意しておく。要件定義に書くのはこの権限であって、技術の理解度ではない。

株主が2者いる案件では、見切りの基準も2つになる

この案件のもう1つの特徴は、持ち分が51対49で、金融機関との共同投資になっている点である。一般に、共同出資の子会社で開発に時間がかかる案件を進めるとき、経営者は同じ進捗を2者に説明することになる。

事業会社の株主と金融機関の株主では、見るものが違いやすい。事業会社は自社の製品戦略の中での意味を見る。金融機関は投資回収の時間軸を見る。どちらも合理的だが、「いつ見切るか」の基準が同じになる保証はない。

この型の案件で経営者に要るのは、交渉力ではなく同じ数字で両方に説明できる設計力である。開発の進捗を、技術の言葉ではなく、両方の株主が判定できる指標に翻訳して定期的に出す。これができないと、片方が待てるタイミングでもう片方が待てなくなる。

二者の株主を持つ会社の経営要件そのものは50:50の共同運営で任せる社長に要るのは、決める力ではなく「決まる状態を作る力」に書いた。持ち分が過半かどうかで変わる部分はあるが、説明の設計が仕事の中心になる点は共通している。

要件定義に書く4つ

技術融合型の案件では、要件定義にこの4行を足す。

書くこと 具体的に決めておく内容
配分の権限 両社の技術者の工数と設備時間を、この人が単独で決められるか。決裁の上限はどこか
判断の根拠 何をもって優先順位を変えるか(サンプル評価の結果・顧客の採用判定・歩留まりの下限)
落とした側への約束 待たせる開発をいつ再開するか。再開の条件は何か。人の処遇は変えないのか
株主への報告 誰に、どの指標を、どの頻度で出すか。開発段階の指標を事前に合意しておく

4行目が抜けると、売上が立つまでの期間に報告するものがなくなる。収益貢献が3年後にある案件では、売上以外の進捗指標を先に決めておかないと、順調でも説明できない。 この席が何年の仕事かという論点は買った事業が黒字になるまで12年かかることがある|要件定義で抜けているのは「この席は何年の仕事か」に書いた。

面接で確かめる4つの質問

経歴の確認ではなく、止める判断をした経験があるかを見る質問に変える。

1. 「自社で進めていた開発を止めた経験はありますか。何を根拠に止めましたか」

技術融合を任せる人の中心的な適性はここに出る。止めた経験がない人は、能力の問題ではなく、その判断を求められる席にいなかったということである。この案件では初めての経験になる。根拠を言える人は、根拠の作り方を知っている。

2. 「止められた側の技術者に、何と言いましたか」

1つ目より重要な質問である。止める判断そのものは、権限があれば誰でも下せる。難しいのは、止めた側が辞めない状態を作ることだ。「会社の方針だから」と伝えた人と、再開の条件を示した人と、別の仕事を用意した人では、半年後の組織がまったく違う。

3. 「後から、止めた判断が間違っていたと分かった例はありますか」

あると答えて、具体的に話せる人を評価したい。技術の優先順位は外すことがある。外した後にどう戻したかに、その人の組織の扱い方が出る。「間違えたことはない」という答えは、止める判断の数が少ないか、検証していないかのどちらかである。

4. 「量産の歩留まり責任を負ったことはありますか」

素材や開発の出身者に特に聞く。量産側の時間を使う判断をするのに、量産側が何を守っているかを体感していないと、配分の交渉が通らない。負った経験がなければ、その役割を誰が補うのかを人選の時点で決めておく。

買い手の経営陣に工場を評価できる人がいなくなる構造については卸がメーカーを買うと、買い手の経営陣に「工場を評価できる人」がいなくなる|川上統合で最初に埋める席に書いた。

レファレンスで聞くこと

能力の確認は経歴で足りる。聞くべきは次の2つである。

  • 「この人が開発の優先順位を変えたとき、外された側の人は残りましたか」 — 技術融合型の案件で最も重要な情報がここにある。残ったなら、説明ができる人である。抜けたなら、同じことがこの案件でも起きる
  • 「この人がいなくなった後、優先順位の決め方は残りましたか」 — 本人の勘で決めていた場合、仕組みは残らない。決め方を文書にして渡せる人かどうかが、3年かかる案件では効く

開発が先にある案件の報酬設計

収益貢献が3年後にある案件に、年度の利益連動を強く当てると、本人の経済的な合理性が既存製品側に寄る。既存の量産を守れば今期の数字は作れるのだから、融合製品の開発にラインを止める判断が本人の損になる。 要件定義で与えた権限を、報酬設計で打ち消すことになる。

この局面で短期の賞与に連動させるなら、財務の指標ではなく開発の到達点である。サンプル評価の通過、顧客の採用判定、試作の歩留まりの水準。どれも社外の相手が判定するので、作文が効かない指標になる。

株主が2者いる場合は、誰が評価者かを契約に書く。 評価の主体が曖昧なまま、実質的に2者の合意が必要な運用になっていると、本人は両方の顔色を見ながら決めることになる。それは止める判断ができない状態と同じである。

最初の1年で何を証明させるか

この型の案件で、1年目に売上を判定基準に置くのは無理がある。代わりに、次の3つが揃っているかを見る。

  1. 両社の技術者の工数が、どちらの開発に何割割かれているかを、経営が数字で把握できている
  2. 待たせている開発について、再開の条件が文書で示され、その側の人が残っている
  3. 株主に出す開発段階の指標が決まり、実際に定期的に出ている

3つが揃っていれば、サンプル評価が計画より遅れていても順調である。逆に、評価が順調に進んでいるのに1と2が無いなら、人が抜ける順番で後から崩れる。

買い手が先に決めておくこと

まとめる。やることは3つである。

  1. 要件定義に「技術がわかる人」ではなく、配分の権限と決め方を書く。落とした側への約束まで含める
  2. 面接とレファレンスで、止めた経験と、止めた側が残ったかを確かめる
  3. 報酬は開発の到達点に連動させ、評価者を契約で1つにする

当社はPEファンド投資先や事業承継など、非公開の経営ポジションを扱っている。技術シナジーを狙った買収で経営人材の相談を受けると、要件定義が「両社の技術を理解していること」で終わっている例に行き当たる。候補者の側は面接で必ず権限の範囲を聞くので、そこが決まっていないと、技術の話だけで時間が過ぎる。

買収後の経営体制の組み方はM&A後の経営体制に整理している。技術融合を狙う案件では、融合の設計より先に、止める判断を誰に渡すかを決めてほしい。