顧客体験責任者、CCO、CXO、Chief Customer Experience Officer。呼び名はさまざまだが、この職を検討するときに最初に確かめるべきことは一つである。その会社で、解約率や顧客生涯価値が「誰のKPI」になっているか。

自分だけのKPIとして提示されるなら、それは決裁権を伴わない部門長の職である。事業責任者や取締役会が同じ数字を負っているなら、経営機能としての役員ポストである。同じ肩書きの下で、この二つはまったく別の仕事だ。

なぜこんな見分け方が必要になるのか。CXという機能が、他のCxOと違う成り立ちをしているからである。

CXには「制度上の必然」がない

CFOやCOOがなぜどの会社にもあるのかを考えると分かりやすい。財務は、決算・資金調達・監査という外部との接点を必ず持つ。執行は、事業の運営責任という形で組織図に必ず現れる。これらは会社が存在する限り誰かが担わなければならない機能であり、だから役員の席が用意される。

顧客体験は違う。顧客との接点は、営業・商品開発・店舗・カスタマーサポート・情報システムにすでに分散して所有されている。どの部門も自分の持ち場で顧客に接している。そこに「顧客体験の責任者」を置いても、新しい権限が生まれるわけではない。動かしたい予算も人員も、既存の部門の中にある。

結果として何が起きるか。責任だけが横断的で、権限は縦割りのままという状態になる。顧客体験責任者が機能不全に陥る典型がこれで、本人の力量の問題ではなく、置かれ方の問題である。

それでも本物の役員ポストになる会社がある

では、決裁権を伴う経営ポジションとして成立するのはどういう会社か。共通しているのは、顧客体験の指標が、そのまま業績指標になっているという一点である。

一つめは、リカーリング型・サブスクリプション型の事業。 売上が毎期の継続によって作られる構造では、解約率の0.5ポイントの改善が、新規獲得の何倍もの利益を生む。この構造では解約率は「CX部門の指標」ではなく、経営計画そのものの変数になる。

※解約率(チャーンレート)とは: 一定期間に契約を終了した顧客の割合です。継続課金型の事業では、この数字が将来の売上見通しを直接決めるため、経営会議や取締役会の常設議題になります。

二つめは、投資ファンドの投資先。 PEファンドが企業に投資するとき、投資仮説——何を改善して企業価値を上げるかの筋書き——を持って入る。その仮説の中核が「既存顧客の単価と継続率の改善」である場合、顧客体験は投資家に対する説明責任の対象になる。取締役会に報告される数字になるということは、担当者に決裁権が付くということだ。

※投資仮説とは: 投資家が「この会社のどこに手を入れれば、何年後にいくらの価値になるか」を事前に立てた筋書きのことです。投資後の経営体制は、この仮説を実行できる顔ぶれで組まれます。

三つめは、創業者が顧客体験を競争の源泉だと考えている会社。 この場合は制度ではなく創業者の意思で席が作られる。強い権限がつくことが多い一方、その意思に依存するという不安定さを併せ持つ。

裏を返せば、この三つのいずれにも当てはまらない会社の「顧客体験責任者」募集は、部門長職である可能性が高い。それが悪いわけではないが、役員として迎えられると思って入ると齟齬が生まれる。

肩書きのアルファベットは当てにならない

もう一つ、この領域に特有の事情がある。呼称が統一されていない。

CCOはChief Customer Officerのこともあれば Chief Commercial Officer のこともある。CXOは Chief Experience Officer を指すこともあれば、CEO・CFO・COOなどの総称として使われることもある。日本語でも「顧客体験責任者」「CX責任者」「カスタマーサクセス本部長」が同じ職を指したり、違う職を指したりする。

だから肩書きで判断できない。求人票の職務記述と、次に挙げる三つの確認事項で読むしかない。

面談で確かめる三つ

一つめ、その指標を他に誰が負っているか。 解約率やLTV(顧客生涯価値。一人の顧客が取引期間全体でもたらす利益)を、事業責任者や社長も自分の目標として持っているか。自分だけが負っているなら、横断的な協力は善意頼みになる。

二つめ、予算はどこから出るか。 自部門の予算として計上されているのか、施策のたびに事業部から付け替えてもらうのか。後者であれば、実質的な決裁権は事業部側にある。

三つめ、取締役会に報告するのは誰か。 自分が直接報告する立場なのか、上司が報告するのか。ここは権限の所在をもっとも正確に映す。取締役会に出ない役職は、制度上は役員ではない。この点は執行役員の転職は「役員経験」として読まれないでも扱った構造と同じである。

制度化されていないことは、不利とは限らない

CFOやCSOのように職務の輪郭が定まった役職は、比較される基準もはっきりしている(CSOのなり方で扱ったとおりだ)。顧客体験責任者にはその基準がまだない。

これは、職務を自分で定義できるということでもある。初代としてこの職に就く人は、何をもって成功とするかの設計から始められる。

ただし条件がある。定義から始める役職は、成果の測られ方も自分で設計しておかないと、評価されない。 「顧客満足が上がった」では取締役会は動かない。解約率、単価、再購入率のどれを、いつまでに、どこまで動かすのか。就任前にその合意を取っておくことが、この職では特に重要になる。

当社は、投資ファンドの投資先や事業承継の場面など、公開されない経営ポジションを扱っている。肩書きではなく決裁範囲で職を選びたい方は、経営者としてのキャリアをお考えの方へをご覧いただきたい。