執行役員として転職を考えるとき、最初に押さえておくべき事実がひとつある。執行役員は会社法上の役員ではない。 多くの会社で、身分は従業員のまま、雇用契約のもとに置かれている。だから採用する側は「役員経験あり」とは読まない。読まれているのは肩書きではなく、取締役会に何を上げ、何を自分で決めていたかである。経歴が十分なのに話が前に進まないとき、原因はここにあることが多い。

制度そのものが「決めない側」として設計されている

執行役員制度は、1990年代後半から日本の大企業に広がった。目的は取締役会のスリム化だった。それまで数十名規模になっていた取締役会を、監督に専念する少人数の機関に戻し、日々の業務執行は別の層に委ねる。監督と執行を分けるという、コーポレートガバナンス上の要請から生まれた仕組みである。

この設計を裏返すと、執行役員の位置がそのまま出てくる。取締役会が監督する側なら、執行役員は監督される側だ。制度の目的からして、決議に加わる立場ではない。取締役会に議案を上げ、決まったことを実行する。それが本来の役割である。

だから「執行役員だったのだから経営に関与していた」という前提は、市場では共有されていない。関与していた人もいれば、事業部長に肩書きを付け替えただけの人もいる。同じ肩書きの下に、まったく違う仕事が同居している。 選考側はそれを知っているから、肩書きでは判断しない。

同じ肩書きの下に、三つの別の仕事がある

実際の運用を見ると、この慎重さが妥当であることがわかる。

呼称型は、部長職の上に敬称として置かれた執行役員である。決裁の範囲は部長時代と変わらず、変わったのは名刺と処遇だけ。社内の求心力を高めるための制度運用であり、それ自体は珍しくない。

担当型は、事業や機能の責任者として置かれた執行役員である。P&Lを持ち、予算の一部を自分で動かし、人事にも発言できる。ただし投資と撤退は取締役会の承認事項であることが多く、資本の話は上位者が持っている。

準経営型は、取締役会に常時出席し、実質的に経営会議の構成員として振る舞う執行役員である。会社法上の権限はないが、意思決定の現場にはいる。

この三つは、次の会社で通用する経験の範囲が根本的に違う。そして経歴書からは、どれだったのかが読み取れない。 「執行役員 経営企画管掌」と書いてあっても、稟議を起案していた人なのか、決裁していた人なのかは分からない。読み手は分からないものを高く評価できないので、保守的な結論に落ちる。

経歴書で証明すべきなのは「上げなかった判断」

では何を書けば読み替えられるのか。実績の数字ではない。自分の決裁で完結させた判断を、具体的に書くことである。

金額でいくらまでを自分で決めていたか。人事はどの階層まで自分で動かせたか。取締役会に上げた案件と、上げずに処理した案件の境界はどこにあったか。撤退や縮小の判断に、自分はどう関与したか。

この四点が書かれていると、読み手はあなたの経験がどの席に移せるかを判断できる。逆に「経営全般を管掌」で止まる説明が弱いのは、抽象的だからではなく、境界の情報が抜けているからだ。 境界を正確に言語化できる人は、新しい会社の境界も正確に把握できると見なされる。移った直後に最もつまずくのが権限の境界の読み違いである以上、この評価は合理的である。

なお、この「誰に責任を負っていたか」という軸は執行役員に限らず、社長経験の読まれ方でも同じように働く。詳しくは社長の転職で見られているのは肩書きではないで扱っている。

進める方向は三つ。難易度と得るものが違う

執行役員からの移動先は、構造的に三つに分かれる。

同格の執行役員への横移動は、最も通りやすい。職務が定義されており、前任者もいるため、選考側もリスクを測りやすい。ただし、決議側にいないという構造は変わらない。処遇と業界は変わるが、キャリアの性質は変わらない点は自覚しておいたほうがよい。

取締役・子会社社長への登用は、決議する側に回る移動である。ここで新しく問われるのがB/Sと資本の話だ。P&Lの改善と、資本コストを意識した資産の組み替えは、別の技能である。執行役員時代にIR資料や有価証券報告書の作成に関与していたか、金融機関との交渉に同席していたかは、この文脈で効いてくる。

ファンド投資先や承継企業のCxOは、説明責任の相手が変わる移動である。上司ではなく投資家やオーナーに、四半期ごとに数字と進捗を説明する。投資仮説という明示された前提が先にあり、それを自分の実行計画に翻訳する仕事になる。大企業の枠の中で最適化してきた人にとっては、資金繰りと時間軸の感覚が最も大きな変化になる。

どれを選ぶかは好みの問題ではなく、次の十年をどの資本構造の下で過ごすかの選択である。横移動が悪いわけではない。ただ、三つの違いを知らないまま最初に届いた話で決めると、選んだつもりのないキャリアに入ることになる。

動くべきタイミングについて

執行役員の任期は、多くの会社で一年ないし二年の委嘱更新である。任期が短いことは不安定さの表れではなく、会社が毎年見直せる設計になっているというだけだ。しかし候補者側から見ると、これは節目が毎年来るということでもある。

そして市場側の事情もある。取締役や事業責任者の招聘は、決算期や体制発表のタイミングに紐づいて動く。したがって、動きたくなってから探し始めるより、節目の半年前に市場の温度を知っておくほうが選択肢は広い。転職の意思が固まっていない段階でも、自分の経験がどの種類の席に読み替えられるのかは確かめておく価値がある。

当社は、PEファンドの投資先や事業承継の局面で生まれる、公開されない経営ポジションを扱っている。経営者としてのキャリアをお考えの方へもあわせてご覧いただきたい。