カーブアウトで切り出した会社を既存経営陣に託すとき、最初に壊れるのは事業ではない。親会社が無償で担っていた機能である。
事業そのものは、昨日と同じ顧客に同じものを売り続ける。壊れるのは、経理の締め、与信枠、採用の母集団、法務のレビュー、情報システムの運用——損益計算書に単独の費目として出てこなかったものだ。そして要件定義の失敗は、ほぼここから始まる。「事業を回せる人はいる」と判断して経営体制を据え、抜けた機能に誰も名前が付いていない、という形で。
直近の報道を材料に、この型の要件定義をどう組むかを具体的に整理する。
報道された事実
マールオンラインの報道によると、Macbee Planet<7095>は、連結子会社でLTVマーケティング事業を営むAll Ads(東京都港区)の全株式を、同社役員が間接的に保有するSPCへ譲渡する。譲渡予定日は2026年10月、譲渡価額は非公表。
報じられている数字と設計は次のとおりである。
- All Adsは2023年にグループ入り。売上高216億4000万円、営業利益5億6300万円、純資産12億4600万円(2026年4月期)
- 譲渡後、Macbee PlanetはSPCの株式33.5%を保有し、持ち分法適用会社とする見込み
- 売り手は「All Adsには自社とは異なる専門性やアプローチが求められる」と判断したとし、譲渡後は経営陣による機動的な意思決定を可能にするとともに、人的関係と広告取引を継続するとしている
- 売却で得た資金は、別の新規事業やM&Aに充てるとされる
以下の読み取りは、すべて公開情報からの推測である。当事者の非公開の意図を知る立場にはない。また、この設計そのものは合理的なものとして読める。以降は採点ではなく、同じ型を自分が組むときに何を決めるかという話として書く。
この型が同時に解いている、二つの問題
売り手が全株を手放さず33.5%を残す設計は、カーブアウトで必ず衝突する二つの要請を同時に満たしにいっている。
一つは、切り離すこと。 連結から外れれば、意思決定の速度は上がる。広告事業のように仕入と回収のサイクルが速く、投資判断が日次で発生する事業では、親会社の決裁ラインが律速になる局面がある。
もう一つは、切り離さないこと。 取引関係と人的関係は残すと明言されている。ここを完全に切ると、切り出した側の売上基盤が揺らぐ。
33.5%という比率は、この二つの綱引きの結論として読める。 連結は外れ、持ち分法では残る。支配はしないが、無関係にもならない。
そして経営体制の観点で重要なのは、この設計が経営者に課す条件が、完全独立型ともファンド傘下型とも違うことだ。株主は一社ではなく、旧親会社という「取引先でもある株主」が残る。取引条件の交渉相手と、株主総会の相手が同じになる。 ここを担える人かどうかは、事業運営の巧拙とは別の能力である。
要件定義は、ポジション名からではなく「抜ける機能」から始める
カーブアウトの要件定義が「CEOとCFOを決めよう」から始まると、ほぼ確実に漏れが出る。順序を逆にする。
まず、親会社が担っていた機能を棚卸しして、譲渡日に誰の仕事になるかを一行ずつ埋める。 実務でよく空欄のまま残るのは次の6つだ。
- 与信と資金繰り。 銀行・仕入先・媒体社が見ていたのは、多くの場合その会社ではなく親会社の信用である
- 決算と開示の締め。 上場子会社としての連結パッケージ提出と、単独で会計監査を受けることは別の業務量になる
- 採用。 親会社の知名度で来ていた応募は、譲渡日から来なくなる
- 法務。 契約レビューを親会社法務が無償で回していた場合、外部顧問の実費と待ち時間が発生する
- 情報システムと情報セキュリティ。 共有していた基盤からの分離には、期限と費用が付く
- 主要取引先との契約名義。 親会社名義の基本契約は、巻き直しが要ることがある
このうち、この案件の数字から最も重く読めるのは1である。 売上高216億円に対して純資産12億円強。広告・メディア領域は媒体費の立替が先行する構造を持ちやすく、運転資金の水準が事業規模に比して効いてくる。親会社の信用が外れたときに、同じ与信枠が同じ条件で維持されるとは限らない。
繰り返すが、これは公開数値からの一般的な読みであって、当該社の資金調達の実際を知って書いているわけではない。ただし要件定義の実務としては、この読みで十分に順序が決まる。 つまり、この型で最初に名前を付けるべき席は、事業を伸ばす人ではなく、資金繰りと与信を単独で立て直せる財務責任者である。
CFOの要件が投資フェーズによって別物になる点は「FP&A型」か「資金調達型」かで整理しているが、カーブアウト直後は例外なく資金調達型が先に要る。
既存経営陣に託すと決める前に、確かめる4つ
「その事業を最もよく知っているのは既存経営陣である」——これは事実であることが多い。だが、事業を知っていることと、独立した会社の経営を引き受けられることは別である。託す判断の前に、次の4点を確かめたい。
1. 親会社の決裁に守られていた判断はどれか。 過去2年で、その経営陣が単独で決めた最大の支出はいくらか。稟議を上げて通らなかった案件は何件あり、なぜ止まったのか。「止められた経験」を語れる人は、自分の権限の輪郭を把握している。
2. 資本の相手と話した経験があるか。 銀行と与信枠の話をしたことがあるか。監査法人と論点を詰めたことがあるか。この案件のように旧親会社が株主として残る場合、さらに**「取引先でもある株主」と利益相反のある議題をどう扱うか**を聞く価値がある。
3. 自分の弱点をポジションで語れるか。 「財務は苦手なので、CFOを入れたい」と自分から言える経営者は、体制設計の交渉相手になる。ここが空欄のまま「全部やります」と答える場合、要件定義は買い手側で作り切る必要がある。
4. 番号2の席を、誰にすると考えているか。 既存経営陣に託す案件の失敗は、トップの能力不足より**「トップしかいない」状態**から起きる。後継の厚みは、譲渡前に聞いておく項目である。
面接でこれを聞き出す設計については過去を聞く「CXO面接」は意味がない?100日プランのケーススタディで測る真の実務能力が使える。カーブアウトの場合、ケースの題材は「親会社の機能が抜けた初月の資金繰り表」にすると、実務能力と危機感が同時に見える。
レファレンスは、親会社側の「二層」に聞く
既存経営陣のレファレンスで陥りやすいのは、同じ会社の中の同じ層にしか聞かないことである。カーブアウトでは、聞くべき相手が構造的に決まっている。
- 親会社の管理部門(経理・法務・人事)。 その経営陣が、機能を使う側としてどう振る舞っていたか。締めの期日を守っていたか、無茶な依頼の出し方をしていなかったか。独立後に自前で回す能力の、いちばん正直な予測値になる
- 主要取引先。 関係が会社に付いているのか、その個人に付いているのか。親会社の看板が外れた後も続く関係かどうかは、ここでしか分からない
- 直属の部下。 権限委譲の実態。トップが全部決めていた会社か、決裁が分散していた会社か
質問の組み方はリファレンスチェック15の質問リストを土台に、上の3層に振り分けるとよい。
報酬設計は「株主が二人いる」前提で組む
経営陣が株を持つ型では、インセンティブは自動的に整うと考えられがちだが、売り手が株を残す設計では、利害は一点に揃わない。
決めておきたい論点は次のとおり。
- 取引条件の決め方。 旧親会社が株主であり取引先でもある以上、取引条件の改定は利益相反の議題になる。誰が決議から外れるかを、あらかじめ書いておく
- 少数株主の権利の範囲。 拒否権の対象、役員指名、情報請求。ここが曖昧だと、機動性を目的にした設計が機動性を失う
- 経営陣の持ち分のベスティングと、退任事由による扱い。 ロールオーバーの論点整理は創業者が株を持ったまま残るMBOは、経営体制の設計がいちばん難しいで扱った
- 追加で招く経営者の持ち分をどこから出すか。 既存経営陣が先に持ち切っていると、後から入るCFOに渡す原資がなくなる。採用の前に、枠を空けておく
最後の一点は見落とされやすい。報酬設計の全体像はPEファンド投資先の役員報酬に整理している。
譲渡日から逆算して、いつ動くか
カーブアウトで外部から経営者を招く場合、譲渡日に着任させるには、譲渡の3〜6ヶ月前に動き出す必要がある。 現職の引き継ぎと、役員就任に必要な手続きが、それぞれ時間を持っているためだ。譲渡の実行が見えてから探し始めると、最初の決算期を体制が欠けたまま迎えることになる。
現実的な順序はこうなる。
- 基本合意の前後:抜ける機能の棚卸しと、埋める席の数を決める
- デューデリジェンスと並行:既存経営陣への上記4点の確認。足りない席の要件定義
- 譲渡日の3〜6ヶ月前:外部から招く席の探索開始
- 譲渡日:体制が揃った状態で開始
私たちは、PEファンドの投資先や事業承継など、表に出てこない経営ポジションのサーチを行っている。カーブアウトの案件で相談をいただくとき、最初にお伺いするのは候補者像ではなく、譲渡日と、その日に空く機能である。そこが決まると、要件定義と探す範囲はほぼ自動的に決まる。
案件の検討段階で体制の絵を描いておきたい、という段階でも構いません。投資先の経営人材についてのご相談から、案件の型と想定される時間軸をお知らせください。
