投資先のCFO採用が半年決まらないとき、原因は市場の薄さではなく要件定義にあることが多い。とくに財務・経理に加えて人事管掌まで載せた案件は、当社が接する範囲での実感値として、6か月以上決まっていないものが9割を占める。
要件を1行足すのに5秒しかかからないが、その1行が母集団を桁で削ることがある。この記事では、なぜ要件が膨らむのか、なぜ人事管掌が特別に効くのか、そして明日から要件定義をどう割り直すかを書く。
要件定義は、足し算だけが通る構造になっている
投資委員会の資料に並んだ論点は、そのまま求人要件に降りてくる。デットの組み替え、月次の精度、KPI管理、バイアウト後のアドオン、そして組織。これを全部「CFOが見る」と書いたとき、その場で反対する人はいない。
反対できない理由は、要件が過大だと分かっていないからではない。反対するには「では誰が見るのか」に答えなければならず、その答えが用意されていないからだ。足し算は誰の責任にもならず、引き算は必ず誰かが引き受け先を名指しする必要がある。だから要件定義の会議では、足す提案だけが通る。
長期化は、この構造をさらに悪化させる。3か月決まらないと「要件が広すぎたのでは」ではなく「要件に書いた深さが足りていないのでは」という方向に議論が向かいやすい。投下した時間が、要件をさらに重くする。
人事管掌が、他の要件と違う効き方をする理由
資金調達、IR、経営企画、アドオンの実行は、どれも「数字を握る」という同じ筋肉の延長線上にある。一人の職歴の中で連続して積み上がるので、要件に足しても母集団は比例的にしか減らない。
人事は違う。労務、報酬制度、採用、組織開発は、数字を握る仕事とは別のキャリアパスの上に乗っている。「CFO兼人事管掌」という要件は、母集団の掛け算ではなく、ほとんど交差しない二つの集合の共通部分を取りにいく行為になる。10%と10%を掛けて1%になるのではなく、それよりはるかに小さい。
さらに悪いことに、実際に両方を担ってきた人は、たいてい規模の小さい会社で「管理本部長として全部見た」という形で経験している。それは貴重な経験だが、投資先が必要とする財務の深さ——コベナンツの管理、バンクミーティング、Exitに向けた数字の作り込み——とは別物だ。両方ある人を探すと、どちらも浅い人に収束する。
候補者側からは「体制が決まっていない会社」に見えている
もう一つ、見落とされやすい効き方がある。範囲の広い要件は、良い候補者ほど正確に読む。読み取られるのは「裁量が大きい」ではなく「この会社は管理部門の設計が終わっていない。入ったら全部自分が引き受けることになる」というシグナルだ。
そしてこの読みはたいてい正しい。だから母集団が小さくなるだけでなく、その小さい母集団の中でも、選べる立場にある上位層から先に抜けていく。要件を広げるほど、残るのは「選べない人」になる。同じ長期化でも、選考プロセスの運び方が原因の場合は選考長期化と辞退の構造に書いた論点が効くが、要件そのものが原因のときは、プロセスをいくら速くしても解決しない。
要件を割り直す:時間軸と代替可能性の二軸
1. 「いつ必要か」で三つに割る
必須・歓迎という切り方は機能しない。歓迎要件は結局「あれば見る」ので母集団の判断が変わらないからだ。代わりに時間軸で割る。
- Day1から要る:資金繰り、金融機関との関係、月次を締める体制
- 12か月以内に要る:KPI設計、管理会計の作り替え、アドオンの財務実務
- Exit準備期に要る:監査対応、開示水準への作り込み、買い手との交渉
時間軸で割ると、引き算が組織の中で通るようになる。「落とす」ではなく「後ろに置く」という言い方になるからだ。実務上、これが最大の効果を持つ。誰も責任を取らずに要件を減らせる唯一の割り方だと言っていい。
2. 「外に出したら何が壊れるか」で必須を決める
残った要件それぞれについて、外部(FAS、労務事務所、ファンドのバリューアップチーム、非常勤)に出したと仮定して、何が壊れるかを考える。壊れないものは必須から外す。
人事管掌をこのテストにかけると、ほとんどの部分は壊れない。労務も採用オペレーションも制度運用も、外部と既存の管理部長で回る。壊れるのは一点だけで、報酬制度をExitのインセンティブ設計と接続する部分だ。そしてこれは制度の運用ではなく設計であり、年に数回の仕事でしかない。年数回の設計仕事のために、常勤の要件へ人事管掌を書き込む必要はない。
3. 人事は「管掌」ではなく「誰と組むか」で解く
CFOに人事を載せる代わりに、要件定義の段階で右腕を決めておく。既存の管理部長を残す、HRのNo.2を先に採る、CHROを非常勤で置く。どれを選ぶかを先に決めてしまえば、CFO側の要件は本来の深さに戻せる。 決めていないから、空いた穴をCFOの要件で埋めることになる。
選考で確かめる:範囲の広さではなく、引き算の能力
要件を割り直したあと、選考で見るべき点も変わる。広い範囲を経験した人を探すのではなく、過積載の現場で優先順位を決められる人を探すことになる。
面接で効く質問は次の三つだ。
- 「前職で財務以外にどの機能を見ていましたか。それは自分で取りに行ったものですか、降ってきたものですか」——降ってきた人は、範囲が広いだけで深さが伴っていないことがある。取りに行った人は理由を説明できる。
- 「着任して最初の3か月で、自分ではやらないと決めたことは何ですか」——引き算ができるかどうかがここに出る。全部やったと答える人は、投資先では持たない。
- 人事を一部でも任せるなら「報酬制度を変えたことはありますか。誰が反対して、どう通しましたか」——制度設計の実力は、反対の処理の仕方に表れる。
レファレンスでは、経歴書の管掌範囲をなぞるのではなく「その方が管掌範囲のうち、実際に時間を使っていたのはどこでしたか」と聞く。求人票の範囲と実務の範囲は、どの会社でも一致しない。
契約と評価の設計にも跳ね返る。範囲を広く取るなら評価軸も広く書かないと、着任後に必ず揉める。財務KPIだけで評価される契約のまま人事も見させれば、人事は合理的に後回しになり、1年後に「人事が回っていない」という話が出る。範囲を広げた分は、評価と報酬の側にも書き込んでおく。
判断の基準:三つ以上の筋肉を求めていたら、それは体制の設計課題
要件を眺めて、独立した筋肉を三つ以上求めていると気づいたら、それはもう一人分の要件ではない。ポジションを二つに割るか、時間軸で割るか、どちらかを選ぶ局面だと考えたほうがいい。一人で全部という前提のまま探し続けると、半年が過ぎ、その間に投資仮説のほうが動く。
当社はPEファンド投資先や事業承継など、非公開の経営ポジションを扱っている。要件の割り直しから相談したい場合は投資先の経営人材の採用に概要をまとめている。
