事業の一部だけを切り出して買うカーブアウト型のM&Aでは、買い手が引き受けるのは事業そのものではない。まだ独立していない組織である。

法人ごと買う場合と違い、切り出された事業には、それを動かすための管理機能が付いてこない。経理も、人事も、情報システムも、購買も、これまで売り手の本社にあった。買った瞬間、その事業は単体では回らない状態で手元に来る。 ここを埋めるのが、買い手が用意する経営体制の最初の仕事になる。

材料にする案件

マールオンラインの報道によると、二輪車用計器やヘッドアップディスプレー(HUD)を手がける日本精機が、デンソーからHUD事業を取得する。取得価額は非公表、取得予定日は2027年2月26日とされている。対象となる事業は、国内に加えて中国・スペイン・米国・メキシコ市場向けにHUD製品の開発・製造・販売を手がけているという。買い手側は、生産・開発の最適化やコスト競争力の強化を目的として挙げている。

以下は、この公表内容から読み取れる一般的な論点の整理であり、両社の内部の検討状況を知って書いているものではない。当社が経営人材の観点から見たときに、この型の取引で共通して問題になる点を述べる。

※カーブアウトとは: 企業が事業の一部を切り出して他社に譲渡する取引を指します。子会社の株式を売買する場合と異なり、対象が「法人」ではなく「事業」であるため、その事業に紐づく人・設備・契約・許認可を一つずつ移す作業が発生します。

子会社買収との違いは、移す作業の量に出る

株式を買う取引であれば、法人という器がそのまま移る。従業員の雇用契約も、取引先との契約も、許認可も、器に付いたまま動く。

カーブアウトはそうならない。移すものを一つずつ特定して、一つずつ移す。 対象事業に従事している従業員を確定させて移籍の手続きを取り、顧客との契約を承継し、設備を分け、知的財産の帰属を整理する。

今回のように対象が複数の国にまたがる場合、この作業量は国の数だけ増える。国ごとに受け皿となる法人を用意し、その国の労働法制に沿って従業員の移籍を行い、必要な許認可を取り直す。自動車部品であれば、供給先の自動車メーカーから取引先変更の承認を得る必要も生じうる。

公表から取得予定日まで約半年が置かれているのは、この作業に要する時間だと読むのが自然である。

「まだ独立していない」期間を、誰が設計するか

こうした取引では通常、売り手が一定期間、経理や情報システムなどの機能を有償で提供し続ける取り決めが結ばれる。**TSA(移行サービス契約)**と呼ばれるものだ。

※TSA(Transitional Service Agreement)とは: 事業譲渡の後も、売り手が買い手に対して一定期間、間接部門の機能を提供し続けることを定めた契約です。買い手が自前の機能を立ち上げるまでの橋渡しとして使われます。

ここで見落とされやすいのが、TSAには期限があるという当たり前の事実である。期限は猶予であると同時に、締切でもある。その日までに、経理を締められる体制、給与を払える体制、システムを動かせる体制を、買い手側で立ち上げ切らなければならない。

そしてこの立ち上げは、既存事業の管理部門が片手間でできる仕事ではない。新しく作る組織の設計を、責任を持って進める人が要る。 買収の失敗として語られるものの多くは、シナジーが出なかったという話よりも、この移行期の設計と実行が誰の仕事にもなっていなかったという話である。

経営体制は、クロージング前に決まっていないと間に合わない

ここが、買い手企業にとって最も実務的な論点になる。

移行期の設計は、クロージングの日から始めるのでは遅い。何を売り手に頼み、何を自前で立ち上げ、どの順番で切り替えるのかは、契約の締結からクロージングまでの期間に決めておく必要がある。TSAで何を何か月依頼するかという交渉自体が、その設計の一部だからだ。

ところが実際には、経営を任せる人の選定がクロージング後に始まることが少なくない。誰が意思決定するかが決まらないまま準備期間が過ぎ、Day1を迎えてから体制づくりに着手することになる。準備に使えたはずの数か月が、そのまま失われる。

買い手として構えるなら、契約の締結が見えた段階で、移行期を率いる人を決めておく。外部から迎えるのであれば、選考にかかる時間を逆算する必要がある。

任せる人に、何が要るのか

カーブアウトされた事業を率いる仕事は、既存事業の経営とは求められるものが違う。当社が経営人材を扱う立場から見て、この型で効くのは次の三つである。

一つめは、管理機能を設計した経験。 完成した組織を運営した経験ではなく、経理や人事の仕組みを立ち上げた経験である。何が無いと会社が止まるのかを、身体で知っている人でなければ、TSAの期限から逆算した計画が引けない。

二つめは、締切のある意思決定に耐える力。 TSAの期限は延ばせないことが多く、情報が揃うのを待っていると間に合わない。不完全な情報で決めて、後で修正する進め方ができるかどうかが分かれ目になる。

三つめは、移ってくる従業員に向き合えること。 カーブアウトで移籍する人たちは、自分の意思で移り先を選んだわけではない。大企業の一部門から、規模も文化も違う会社へ移る。この不安に正面から向き合えるかどうかが、事業の継続性を左右する。 技術も顧客も、結局は人に付いている。

必要な人材は時期によっても変わる。締結からクロージングまでは設計する人、Day1から最初の百日は機能を立ち上げ切る人、その後は買った目的である競争力の強化を実行する人。同じ一人が全部を担えることもあれば、担えないこともある。どの局面の人が今いないのかを、先に見極めておくことに意味がある。

当社は、投資ファンドの投資先や事業承継の場面など、公開されない経営ポジションを扱っている。M&A後の経営体制について検討されている買い手企業の方は、M&A後の経営体制でお困りの方へをご覧いただきたい。