人の稼働を売る会社を買ったとき、任せる社長に要るのは採用力だと考えられてきた。人を集められれば売上が伸びる構造だったからだ。

その前提が、いま崩れかけている。 生成AIで開発や保守に必要な工数が減れば、人数を増やしても売上は伸びない。買った稼働の価値が、買った後に下がり得る。

だからこの型の買収で要件定義に書くべきは、「採用と育成の体制を作れること」ではない。売り方そのもの——契約形態と値付けと評価の物差し——を、顧客が離れない順番で入れ替えられることである。以下、なぜそうなるのかと、選考・レファレンス・報酬設計まで書く。

報道された事実

マールオンラインの報道によると、SES(システムエンジニアリングサービス)を手がける企業・事業を対象としたM&Aは、2026年1〜9月で15件となり、2025年通年の10件を既に上回った。2017〜2023年は年間0〜3件にとどまっていた水準で、この10年で最多となる。

※SESとは: System Engineering Service の略。技術者の稼働時間を単位として、客先の開発現場に技術力を提供する契約形態。成果物の完成を請け負うのではなく稼働を提供するため、売上は「何人が、どの単価で、どれだけ稼働したか」でほぼ決まる。

同報道では、15件のうち10件が人材・エンジニアリソースの確保を買収の狙いに含み、顧客・案件の獲得を挙げた案件も11件あったとされる。背景にあるのは慢性的な人材不足で、帝国データバンクの2026年7月調査では「情報サービス」で正社員が不足していると答えた企業が61.9%、IPAの「DX動向2026」ではDX推進人材の量が不足している企業が85.5%に達している。

同時に、生成AIの普及が前提を変えつつあるという見方も出ている。技術者派遣に顧客が求める工数が減る可能性が指摘され、売り手側の売却価格の期待水準が下がってきているという説明も、上場企業の株主総会で公になっている。

ここから先は、公開情報をもとにした一般論として書く。特定の案件の帰趨を論じるものではない。

この買収が買っているのは、人ではなく「稼働の束」

人材型の買収では、買った資産が毎朝、自分の意思で出社するかどうかを決める。だから引き留めが論点になる——というのが、これまでの整理だった。実際その論点は消えていない(人材基盤の獲得を狙った買収で、先に抜けるのはキーマンではない)。

ただしSESの買収には、もう一つ別のリスクが乗っている。人が全員残っても、売っている商品の値段が下がることだ。

構造はこうだ。SESの売上は「人数 × 単価 × 稼働率」で決まる。この式のどこにも、顧客が得た成果は入っていない。顧客の購買部門は工数を買っているのであって、成果を買っていない。だから顧客側で必要工数が減ったとき、価格交渉の形は値引きではなく発注量の削減になる。単価は維持されたまま、要員が3人から2人になる。

ここが効く。値引き要求なら交渉の席が立つが、発注量の削減には交渉の席が立たない。顧客は「来期は2人で」と言うだけでよく、買い手の社長はテーブルにつく機会すら持てない。稼働を売るモデルは、需要が縮むときに抵抗する手段を持たない。

なぜ要件が入れ替わるのか

では、どうすれば止まるのか。止め方は一つしかない。顧客が買うものを、工数から別のものに移すことである。

具体的には、契約の単位を人月から変える。テスト工程なら不具合検出の件数と範囲、運用保守なら対応時間と復旧水準、開発なら機能単位——いずれにしても「何人出したか」ではなく「何を引き受けたか」で売る形に寄せる。AIで内部の工数が減るなら、減った分は買い手の利益として残る。工数で売っている限り、減った分は全部、売上の減少として出ていく。

これは言葉にすると一行だが、実行は経営の仕事になる。三つを同時に動かさなければ成立しないからだ。

  1. 値付け。人月単価の表を捨てて、引き受ける範囲ごとの価格を作る。原価の見積もり方が変わるので、見積の権限と承認の流れも変わる
  2. 契約。瑕疵の範囲、再実施の条件、SLAの定義が入ってくる。従来の準委任契約では引き受けていなかったリスクを引き受ける
  3. 評価。技術者の評価が稼働率で測られている限り、現場は新しい契約を嫌う。空き時間が評価を下げるからだ

※準委任契約とは: 成果物の完成を約束せず、業務の遂行そのものを引き受ける契約。SESの大半がこの形で、だから「動くものができなかった」責任は原則として受託側に及ばない。成果で売る形に移ると、この境界を引き直す必要が出てくる。

採用力の強い社長は、1と2に手が出ない。採用と稼働管理で伸ばしてきた人の実績は、ほぼ全部「人数を増やして売上を作った」という形をしている。その人に値付けの作り替えを任せると、最初の四半期は動くが、受注が落ちた瞬間に人月の表に戻る。 戻るのは能力の問題ではなく、戻り方を知っているからだ。

要件定義は、4つに絞れる

この型の買収で、要件定義に書くのは次の4つでよい。多くの案件では要件を積み増すほど決まらなくなる(CFOの要件を積むほど採用は遅くなる)。

  • サービスの売り方を変えた経験があること。 値付けの単位を変え、顧客に受け入れさせた経験。業種は問わない
  • 顧客の購買部門と、発注単位の話をし直せること。 現場の担当者ではなく、調達の論理が分かる相手と話せるか
  • 技術者の評価軸を、稼働率から載せ替えられること。 そして載せ替える順番を設計できること
  • 売り手の経営者と中核層が、移行に納得する形を作れること。 売り方の変更は、現場には否定として届く

逆に、要件に書かないほうがよいものがある。「生成AIの知見」である。AIをどう使うかは技術側の仕事で、経営側の仕事はAIで浮いた工数を誰の利益にするかを決めることだ。ここを混ぜると、技術の分かる人を採って売り方が変わらない、という結果になりやすい。

選考で確かめる質問

経歴書では判別できない。「新規サービスを立ち上げた」と書かれていても、それが人月の延長だったのかは読めないからだ。だから聞く。

  • 「値付けの単位を変えたとき、最初に反対したのは誰でしたか」——社内の誰が止めたかを具体的に言えない人は、やっていない可能性が高い。たいていは営業部門と、見積を作っていた人が止める
  • 「移行の途中で、失った顧客はありますか。何社で、なぜですか」——失っていないと答える人は要注意。工数で買いたい顧客は必ず残るので、ゼロなら移行していないか、二重の価格体系を作って放置したかのどちらかである
  • 「稼働率が下がった四半期に、何を説明しましたか」——移行期には必ず下がる。そのときに株主や親会社へ何を示したかで、同じ局面での耐性が読める
  • 「技術者の評価制度を変えた順番を教えてください」——全員一斉と答えたら、現場の反発の規模を分かっていない

局面ごとに確かめることの整理は経営人材の面接で何を聞くかにも書いた。

レファレンスで聞くこと

レファレンスでは、本人が語らない一点を取りに行く。「この人は、短期の数字を落とす判断を実際にしましたか」 である。

売り方の移行は、ほぼ確実に初年度の売上を落とす。落とさずに移行できたと語る人は、たいてい移行していない。だから確かめるのは成功談ではなく、落とすと決めた場面があったか、そのとき誰にどう説明したかだ。前職の上司か株主に当たるのが早い。現場の部下からは、この判断は「迷走」として記憶されていることが多い。

報酬設計——稼働率をKPIに置くと、移行は止まる

ここが最も外しやすい。SES事業の買収では、業績連動の指標に稼働率や人月粗利を置くのが自然に見える。置いた瞬間に、社長の合理的な行動は旧モデルの維持になる。

稼働率を上げる最短路は、人月で受注することだ。成果で売る契約は、立ち上げ期には必ず稼働率を悪化させる。指標がそこにある限り、社長は自分の報酬を削って移行することになる。やる人はいない。

代わりに置くなら、移行そのものの進捗を測る指標がよい。たとえば工数以外の単位で契約した売上の比率、1人あたり粗利(人数ではなく単価と範囲で伸びる)、そして契約更新時の値上げ実現率。いずれも、人を増やしても改善しない。

期間の設計も変える。移行は2〜3年かかるので、1年の業績連動では間に合わない。株式やオプションを使って、評価の時点を移行の完了側に置く。

着任後100日でやらないこと

最後に、やらないことを一つだけ。評価制度の一斉変更である。

稼働率で評価されてきた技術者に、着任3か月で新しい物差しを渡すと、移行の意味が伝わる前に「現場を知らない人が来た」という読み方が定着する。先に必要なのは、新しい売り方で実際に受注した案件を1件作ることだ。1件あれば、評価制度の変更は結果の説明になる。順番を逆にすると、説明は言い訳になる。

まとめ

SES関連のM&Aが増えている理由は人材不足で、それは当面続く。だが買った後の経営の仕事は、人を集めることから、売り方を作り替えることへ移りつつある。要件定義を採用力のまま書くと、2年後に機能しない社長を採ることになる。

当社はPEファンド投資先や事業承継を含む非公開の経営ポジションを扱っている。買収後の経営体制について考えていることがあれば、M&A後の経営体制のページから相談を受けている。