事業ポートフォリオの見直しを掲げる会社は、同じ計画期間の中で買収と譲渡を並行して進めます。このとき経営人材の要件を1種類で考えると、必ずどちらかが止まります。
買う事業の経営者に要るのは、自社と買収先の接続点を設計する力です。売る事業の経営者に要るのは、他社の傘下で成立する状態まで事業を仕上げる力です。 この2つは別の能力で、同じ人物像では埋まりません。しかも後者には、担当する経営者自身の席が売却で消えるという構造的な利益相反が最初から埋まっています。
要件定義・選考の問い・レファレンス・報酬設計のどこで手当てするかを書きます。
報道された事実
マールオンラインの報道(2026年10月6日)によると、大阪ガスは2026年9月18日に、自動車リースや安心運転教育などを手がける大阪ガスオートサービス(大阪市)の全株式を、同業の三菱オートリース(東京都港区)へ段階的に譲渡する契約を結びました。自動車リース業界の事業環境が変化する中、全国の顧客基盤と調達力・技術力を持つ相手とともに成長戦略を描くことが最適だと判断した、と説明されています。譲渡の時期と金額は公表されていません。
同社は2025年3月期から2027年3月期までの中期経営計画で事業ポートフォリオの見直しを掲げており、同じ期間の主な取得案件として3件が挙げられています。2025年2月にフィリピンなどで基幹業務システムの導入・運用を支援する企業グループの全事業、同年6月に消防設備の点検や空調設備工事を手がける会社の全株式、同年12月に蓄電池の試作や電池パックの開発に強みを持つ会社の取得です。
ここから先は公開情報からの推測を含みます。各案件の社内の経緯を知って書いているわけではありません。
3件の取得は、いずれも本社ではなく事業子会社が買っている
報道された3件を主体で並べると、ひとつの型が見えます。システム事業の取得はシステム子会社の海外法人が、消防設備会社の取得は建物設備の子会社が、蓄電池会社の取得は研究開発子会社が、それぞれ買い手になっています。本社が直接買って本社がぶら下げた案件ではありません。
この型は、事業ポートフォリオを事業部門ごとの責任で組み替える会社に広く見られます。そして経営人材の観点では、ひとつの重い帰結を生みます。買収先に何を求めるかを決め、統合を仕切る実務が、本社のM&A部門ではなく事業子会社の経営陣に降りるということです。
本社のM&A部門は、案件の探索・評価・契約までは担えます。しかし買った後に「どこを揃え、どこを触らないか」を決めるのは、その事業の損益を持つ側です。そこに座っているのは、多くの場合M&Aを経験していない事業子会社の社長です。
※事業ポートフォリオの見直しとは: 自社が持つ事業の組み合わせを入れ替えることです。成長させる事業に資本を寄せ、自社で伸ばしきれない事業は、その事業をより伸ばせる相手に渡します。事業そのものの善し悪しではなく「誰が持つのが最適か」で判断するため、好調な事業が譲渡対象になることもあります。
要件定義は案件を検討する段階で始めるのが原則です(→初めての買収は、ターゲットのリストに「誰が経営するか」の列が抜けている)。買う主体が事業子会社になる会社では、この原則がもうひとつ先まで及びます。買う側の子会社の経営陣に、統合を設計できる人がいるかどうかまで含めて、案件の成立条件に入れる必要があります。
買う側の経営人材に要るのは「統合を進める力」ではなく「接続点を設計する力」
機能や地域を買い足す買収で、買い手がまず決めなければならないのは統合の進め方ではありません。どこを自社と繋ぎ、どこを繋がないかの線引きです。
消防設備の点検会社と、蓄電池の開発会社と、海外のシステム導入会社では、繋ぐべき場所が全く違います。点検会社なら顧客基盤と作業員の稼働管理、蓄電池なら研究開発のテーマ選定と知財、海外のシステム会社なら人材の採用・定着と為替を含む案件採算です。ここを一律に「グループの標準に合わせる」と決めた瞬間に、買った理由が壊れます。
だから選考で確かめるのは、統合の経験そのものではありません。
- 過去に、繋がない判断をした経験があるか。 繋いだ話は誰でも語れます。「ここは触らないと決めた」という判断と、その理由を具体的に語れるかで、線引きの経験の有無が分かります
- 買収先の数字を、自分の言葉で分解できるか。 稼働率・単価・歩留まりのどれが利益を動かしているのか。評価できない数字について決めると、起案がそのまま通るか理由なく先送りされるかの二択になります
- 本社と事業の板挟みで、どちらにも寄らずに決めた経験があるか。 事業子会社が買い手になる型では、本社の方針と現場の採算が衝突します
レファレンスでは、統合の成否ではなく進め方を聞きます。この人は買収先の経営陣から何を聞き出したか。最初の3か月で変えたものと、変えなかったものは何か。買収先の側の人に聞けるなら、そちらのほうが情報量が多くなります。
売る側の経営人材に要るのは「渡せる状態をつくる力」
譲渡が決まった事業の経営者が担うのは、業績を伸ばすことだけではありません。他社の傘下で単体として成立する状態まで、事業を仕上げる仕事です。
長く親会社の中にいた事業は、自分で持っていない機能に依存しています。間接部門、基幹システム、調達の枠、採用の窓口、そして親会社のブランドそのもの。譲渡の前にこれを洗い出し、どれを引き継ぎ、どれを買い手側に載せ替え、どれを単体で立てるかを決める必要があります。この作業が終わっていない事業は、譲渡後に機能不全を起こします。
※カーブアウトとは: 企業グループの一部の事業や子会社を切り出して、別の会社に渡すことです。会社ごと売る場合と違い、親会社と共有していた機能をどう分けるかという作業が必ず発生します。
この仕事ができる人の条件は、買う側とほとんど重なりません。必要なのは、自社の事業が親会社の何に依存しているかを正確に言える力と、それを外した状態の損益を作れる力です(→カーブアウトで買った会社の経営は、誰に任せるのが正しいのか)。
選考で確かめる問いは変わります。
- 親会社から外したときに消える利益を、数字で言えるか。 間接費の配賦、グループ内取引の単価、共同調達の条件。ここを楽観的に見る人は、譲渡後の数字を作れません
- 社員と取引先への説明を、自分の言葉で設計できるか。 譲渡は社員から見れば所属の変更です。説明の順番と内容を他人任せにした事業は、譲渡前に人が抜けます
- 引き継ぎを「自分の仕事の終わり」として設計できるか。 これは次の論点に直結します
報酬設計で解くべきは、売る側に埋まっている利益相反
譲渡を担う経営者には、構造的な利益相反があります。自分が仕事を完遂すると、自分の席が消えます。
この状態を放置して「頑張ってほしい」と伝えるだけでは、合理的な行動として引き延ばしが起きます。悪意の問題ではありません。設計の問題です。手当ては3つの組み合わせで行います。
- 在任期間を契約で明示する。 譲渡成立から引き継ぎ完了までの期間と、その後の処遇を先に決めます。「終わったら考える」は最も弱い設計です
- 成立と引き継ぎの完了に連動したインセンティブを置く。 業績連動だけでは、譲渡という成果に報酬が繋がりません
- 次の席を具体的に示すか、示さないかを決めておく。 グループ内に次の席を用意するのか、譲渡先に残る前提なのか、その時点で区切るのか。曖昧なまま進めるのが最も高くつきます
買う側の報酬設計とは論点が違います。買う側では、統合後の利益と、繋がない判断をした領域の成果をどう評価に入れるかが焦点になります。統合の進捗率で測ると、繋がない判断が評価されない設計になります。
着任後100日に何を置くか
買う側と売る側で、最初の100日の中身も分かれます。
買う側は、繋ぐ・繋がないの線引きを文書にして経営会議で確定させるところまでを100日に置きます。この線引きが口頭のままだと、部門ごとに別の解釈で統合が進み、1年後に戻せなくなります。
売る側は、親会社依存の棚卸しを完了させ、依存を外した試算損益を作るところまでを100日に置きます。買い手候補との交渉が始まる前にこれが無いと、交渉の条件を相手の前提で決められます。
どちらの席も、親会社から人を出して埋めればよいという話にはなりません(→親会社から社長を送り込んで失敗する理由)。買う側には買収先の事業を評価できる経験が、売る側には切り出しを完遂した経験が要ります。社内に両方揃っていることは、そう多くありません。
まとめ
- 買収と譲渡を並行して進める会社は、経営人材の要件を2種類持つ必要がある
- 買う側の要件は「接続点の設計」。繋がない判断をした経験を選考で確かめる
- 売る側の要件は「渡せる状態をつくる力」。親会社依存を数字で言える人を探す
- 買う主体が事業子会社になる型では、統合の実務がM&A未経験の子会社経営陣に降りる。案件の成立条件に、その席が埋まるかを含める
- 売る側には席が消える利益相反がある。在任期間・成立連動の報酬・次の処遇を先に決める
当社はPEファンド投資先や事業承継など、公開されていない経営ポジションを扱っています。買収後の経営体制と、譲渡を担う経営者の人選の両方について、案件を検討する段階からご相談を受けています。M&A後の経営体制からご連絡ください。
