初めての企業買収に向けて社内にM&Aの専任体制を立てると、案件発掘とターゲットのリスト化は進む。しかし同じリストに「この会社を買ったとして、誰が経営するのか」という列は、まず入らない。

これは担当者の見落ちではなく、体制の設計から生まれる構造的な欠落だ。そして初めての買収では、この欠落が最も高い代償を払う。買う判断には間に合っても、経営を任せる人の手当てには間に合わないからである。

この記事は、専任体制を立てた段階、つまり「まだ買っていない」段階でやっておくべき経営人材の要件定義を、リストに足す列と選考の実務まで下ろして書く。

事実:初めての買収の準備が「次の段階」に入る例

マールオンラインの報道によると、九州を地盤にディスカウントストアを展開するミスターマックス・ホールディングスが、初の企業買収に向けた動きを具体化している。同社が2026年9月4日に発行した「統合報告書2026」では、2026年2月期にM&Aのターゲットを明確化して対象企業をリスト化したこと、組織体制を大幅に見直してM&A専任体制へ移行したこと、2027年2月期中のM&A実現を目指すことが示されている。案件発掘には金融機関とのネットワークや社外の知見を活用するとされる。

背景には2029年2月期に売上高2000億円を掲げる中期経営計画がある。2026年2月期の営業収益は1476億8400万円(前年度比8.1%増)だった。

以下は同社の内部の状況を述べるものではない。公開情報から読み取れる「初めての買収に向けて専任体制を立てる」という段階に、買い手一般として何が起きやすいかを、当社が経営人材の採用を通じて見ている範囲で書く。

なぜ専任体制は「誰が経営するか」を後回しにするのか

1. 専任チームの成果が「実現」で定義されている

M&A専任体制を置くとき、そのチームの目標は「いつまでに1件実現する」という形で設定されるのが自然だ。ターゲットの明確化、リスト化、ソーシング、条件交渉、クロージング。ここまでが評価の対象になる。

買収後の経営は、この線の外側にある。子会社の業績は事業部門か、あるいは新設される子会社管理の機能が持つ。つまり「誰に経営させるか」は、成果を評価される人が誰もいない領域に落ちる。組織として誰の仕事でもない論点は、忙しい順に後回しになる。

2. リストの評価軸が財務とシナジーで作られる

対象企業のリスト化は、事業との親和性、出店エリアの補完性、取引関係、規模、収益性といった軸で組まれる。いずれも必要な軸だが、すべて「その会社が今どうであるか」を見る軸だ。

買収後に必要な人の要件を決めるのは、これとは別の情報である。すなわち、いまその会社を回している人が、買収後に残るのかどうか。残らないなら、その人が担っていた機能は何だったのか。この2つは財務資料には出てこない。

3. 初めての買収では「買えるか」に意識が集中する

複数案件を検討して実現に至らなかった経験のあとでは、まず1件を成立させることに重心が寄る。これは合理的だ。ただ、その状態で最も見えにくくなるのが「売り手がなぜ売るのか」の意味である。

後継者不在を理由に売却を選ぶオーナーの案件は、買い手にとって価格面で入りやすい。そして同時に、成約後にトップが抜ける案件でもある。入りやすい案件ほど経営人材の手当てが必要になるという逆の相関が、初めての買収では見落とされやすい。

リストに足す3つの列

対象企業のリストは、財務の列だけで完成しているように見える。次の3列を足すと、買収後に必要な人の姿が買う前に見える。

1列目:オーナー依存度

売上の何割が、オーナー個人の関係で立っているか。主要取引先の窓口が誰か。仕入条件を握っているのは誰か。金融機関との交渉に出ているのは誰か。この列が「オーナー1人」で埋まる会社は、価格が安く見えても、買った瞬間に事業の一部が消える可能性を抱えている。

2列目:No.2の有無と、その人の射程

現場を回している番頭格がいるかどうか。いる場合、その人の射程が「執行」までか「経営」までかを分けて見る。長年オーナーの指示で完璧に執行してきた人は、執行の能力は高い。しかし価格決定や投資判断を自分で下した経験がないことが多い。ここを取り違えると、内部登用で済むと判断した会社に、半年後に外部から人を入れることになる。

3列目:管理機能の内製度

経理が税理士任せか、月次が何日で締まるか、資金繰りを誰が見ているか。親会社の連結に入れば、この水準は必ず問われる。管理機能が外注されている会社を買うと、社長より先に管理部門の責任者が必要になる。

経営者の3類型と、要件が変わる点

上の3列を埋めると、必要な人は次の3つに分かれる。どれを引くかで要件定義の中身が変わる。

類型A:現経営陣が残る

この場合に必要なのは社長ではなく、親会社との接続を担う人だ。連結の要求水準に合わせて数字を作る役割で、実質はCFOか管理部門長になる。ここで社長を探し始めると、残る気のあった現経営陣が辞める。

類型B:一部が残り、管理機能が空く

最も多い型である。オーナーは顧問として残るが、実務からは引く。このとき必要なのは、執行の連続性を保ちながら管理を立ち上げられる人で、社長とCFOの中間のような要件になる。役職名から先に決めると採用が長期化する。

類型C:トップが抜ける

後継者不在の承継案件で起きる。ここで初めて、外部からの社長招聘が必要になる。親会社から送り込むという選択肢もあるが、送り込んだ人が現場の反発で機能しない失敗は繰り返されている(親会社から社長を送り込んで失敗する理由)。

類型の判定を買う前にやっておく意味は、探す時間が確保できることにある。経営人材の採用は、要件が固まってから決定まで3か月から半年かかる。クロージング後に着手すると、その期間はそのまま空白になる。

選考の実務:初めての買収先だからこそ確かめること

面接で確かめる:親会社にM&Aの経験がない環境に耐えられるか

初めての買収では、買い手側の意思決定の作法がまだ出来ていない。子会社に任せる範囲、決裁の金額基準、報告の頻度、どれも前例がない。着任した社長は、事業を立て直す仕事と並行して、親会社との運用ルールを一から作る仕事を背負う。

だから面接では、実績よりも先にここを聞く。「前職で、上位の株主や親会社の意思決定が想定より遅れたとき、どう進めましたか」。この質問に対して、待った話ではなく、意思決定の材料を自分から作って上げた話が出てくるかを見る。初めての買い手の下では、親会社を動かす仕事が業務の一部になる。

もう1つ聞くべきは、規模の落差への耐性だ。売上1400億円の会社から、売上数十億円の会社に移る人は、使える機能が消える。経理も人事も情報システムも、自分でやるか、外に出すかになる。「直近で、管理部門の支援がない状態で回した経験」を具体的に確かめる。

レファレンスで聞く:本人の実績ではなく、入ったときの組織の状態

レファレンスチェックで実績を確認しても、得られる情報は履歴書と大差ない。聞くべきは、その人が着任した時点で組織がどういう状態だったかである。

すでに人が揃っていた組織を伸ばした人と、人が抜けた組織を立て直した人は、同じ「売上を2倍にした」でも中身が違う。買収先が類型Cなら、必要なのは後者だ。「着任したとき、経営会議に出ていたのは何人でしたか」「その人が来る前に辞めた幹部はいましたか」という聞き方をすると、状態が見える。

報酬設計:上場親会社の役員テーブルには収まらない

ここが初めての買収で最も詰まる点だ。上場企業の役員報酬テーブルは、自社の役員の序列に合わせて作られている。買収した会社の社長を外部から招く場合、市場で必要な水準がそのテーブルの中間に収まらないことがある。

先に決めておくべきは3つ。子会社役員の報酬を親会社の体系の内側に置くか外側に置くか。業績連動の算定基礎を子会社単体の利益にするか連結貢献にするか。そして在任期間である。再生局面の経営者は2年から3年で役割を終えることがあり、その前提を契約に書いていないと、延長も終了も揉める。

クロージング前にこの3つを決めておけば、候補者に提示できる。決まっていない状態でオファーの話をすると、条件の確定を待つ間に候補者は別の話を決める。

着任後100日:専任チームが解散した後、誰が窓口になるか

M&Aの専任体制は、案件が成立した時点で次の案件に移る。あるいは役割を終える。このとき、着任した子会社社長の窓口が消える。

買収の経緯を知っているのは専任チームだけだ。何を約束し、何を約束しなかったか。売り手のオーナーとどういう話をしたか。その記憶を持たない部門が管理を引き継ぐと、社長は「聞いていた話と違う」状態に置かれる。

決めておくべきは、専任チームの誰か1人を、着任後1年は子会社の窓口として残すことだ。組織図上の兼務でよい。ここを設計していない買い手で、着任した経営者が半年で孤立する例が続く。100日計画の中身より先に、これを決めるほうが効く。

共同運営という別解

経営人材を自社から出せず、外部から招く時間もないとき、運営ノウハウを持つパートナーと組んで持分を分ける形がある。前掲の報道では、ミスターマックス・ホールディングスが菓子専門店「おかしばっかし」事業を会社分割で新設会社に承継させ、その株式の51%を菓子卸の外林に譲渡し、自社は49%を保有して共同運営に切り替える予定であることが伝えられている(会社分割とは、事業の一部を切り出して別の会社に引き継がせる手続きのこと)。買収ではないが、外部の力を使って事業の幅を広げる形の一つだ。

この形を取るなら、先に決めるべきは持分比率ではなく意思決定である。誰が社長を出すか、予算を承認するのは誰か、方針が割れたときどう決めるか。ここを曖昧にしたまま比率だけ決めた合弁は、経営者を採用する段になって、誰が採用の意思決定者かが定まらず止まる。

まとめ:買う前に決まっていれば、探す時間が取れる

初めての買収でやるべきことは、買収後の体制を完成させることではない。対象企業のリストに、オーナー依存度、No.2の射程、管理機能の内製度という3列を足し、必要な人が類型A・B・Cのどれになるかを当たりをつけておくことだ。

そこまで済んでいれば、意向表明の段階で要件定義に入れる。デューデリジェンスで組織の実態が見えたら要件を修正すればよい。クロージング後にゼロから始めるのと、修正から始めるのでは、着任までの時間が数か月変わる。その数か月が、買った会社の初年度の業績である。

当社はPEファンド投資先や事業承継など、非公開の経営ポジションを扱っている。買収の検討段階から「この会社を誰が経営するか」を一緒に設計する相談も受けている。M&A後の経営体制についてはM&A後の経営体制にまとめている。子会社社長を内部登用と外部採用のどちらにするかの判断軸はMA先企業のCXOは内部登用か、外部採用か、買収後に社長が不在になる局面の打ち手は買収先の「社長不在」をどう乗り越えるかを参照されたい。