公開引受業務の経験がもっとも高く評価される転職先は、証券会社の他部門でも監査法人でもなく、上場準備中の企業のCFO、または経営企画責任者である。

ただし評価されているのは、引受をやったという経歴ではない。審査を通すための設計図を持っていることである。そして選考で落ちる理由は、ほぼ決まって同じ三つに集まる。順に書く。

引受の経験が、上場準備企業で高く売れる理由

上場準備の実務には、公表されていない領域がある。形式基準は取引所が開示しているが、実質審査で何が論点になるかは、経験の中にしか蓄積されない。

公開引受の担当者は、ここで決定的に有利な位置にいる。通った会社と、通らなかった会社の両方を見ている。 事業会社の中で一社分の上場を経験した人は、通ったケースしか知らない。この非対称性が、市場価値の源である。

具体的には三つの形で効く。

  • 主幹事証券や取引所との会話を翻訳できる。 審査で投げられる質問の裏側にある懸念を、経営陣に日本語で説明できる。ここで詰まる会社は多い
  • スケジュールを逆算して引ける。 N-2期(申請期の2期前)から何を何月までに整えるか、遅れが致命傷になる工程はどこか、が体で分かっている
  • Ⅰの部・Ⅱの部(申請書類の本体と、審査用の詳細資料)で問われる水準を知っている。 作り直しの回数が減る

ただし、引受は「審査する側」の仕事である

ここが選考の分かれ目になる。

引受業務の中身は、会社が出してきたものを見て、足りないものを指摘し、整えさせることである。対してCFOの仕事は、指摘される側として、実際に作ることである。人を採り、システムを入れ、月次の締めを早め、規程を運用に落とし、数字を作る。

「何が足りないか分かる」と「足りないものを作れる」の間には、組織を動かす作業が丸ごと入っている。この差は、本人からは見えにくい。指摘した時点で仕事が完了する立場に長くいると、その後の工程が視界に入らないからだ。

選考の現場で繰り返し問われるのは、まさにここである。「あなたが指摘したあと、その会社はどうやって直したのですか」と聞かれて、答えられない人が多い。見ていないから答えられない。この一問で、引受経験が資産として評価されるか、経歴として流されるかが分かれる。

裏返せば、過去に自分が指摘した会社の、その後の直し方を具体的に語れるようにしておくことが、この転職の最大の準備になる。

選考で落ちる三つの理由

1. 管理会計を設計したことがない

制度会計と開示は分かる。ところが上場準備企業のCFOにいちばん強く求められるのは、そこではない。部門別の損益と主要KPIを設計し、月次で経営会議を回すことである。

引受側の視点では、管理会計は「整っているか」を確認する対象にすぎない。作った経験がないまま入ると、着任して最初の半年が止まる。

2. 資金繰りの当事者になったことがない

引受業務は資本市場からの調達を設計する仕事である。一方、上場準備企業のCFOが毎月背負うのは、来月の支払いを守ることだ。上場準備の段階にある会社は、たいてい資金が薄い。

面接で資金繰りの話が出たとき、調達の話に寄せて答えてしまう人は、ここを見られている。

3. 人を採り、辞めさせない経験がない

上場準備の最大のボトルネックは、制度でもシステムでもなく人である。経理を二人採る、内部監査を一人置く、という仕事が延々と続く。採用と定着が、そのままスケジュールを決める。

この三つは、いずれも引受業務では担当しない領域である。だから経歴の欠陥ではない。欠けていることを自覚し、入社後どう埋めるかを言語化できているかどうかが見られている。自覚のある候補者は通る。

その席は当たりか外れか。確かめる六つ

上場準備企業のCFOは、案件ごとの当たり外れが極端に大きい。オファーを受ける前に、次を確かめたい。

  1. 上場の意思が本物か。 オーナーが「いずれ上場したい」と言っているだけの会社は、何年も動かない
  2. 監査法人が決まっているか。ショートレビュー(上場に向けた課題の予備調査)が済んでいるか。 未着手なら、CFOの最初の仕事は監査法人探しになる
  3. 主幹事証券が決まっているか。 決まっていれば、審査の論点はすでに出ている。読ませてもらえるか
  4. 経理部門の人数と、月次決算の締め日数。 締めに20日かかる会社は、まずそこから
  5. 前任のCFOがいたか。いたなら、なぜ辞めたか。 同じ構造が残っていれば、同じことが起きる
  6. 株主構成と、ストックオプションの残枠。 自分に配れる分が残っているか

ここまで聞いて嫌がられる会社は、入ってからも情報が出てこない。聞くこと自体が選別になる。

報酬は、現金とオプションを分けて考える

証券会社の水準から上場準備企業へ移ると、現金報酬は下がることが多い。差を埋めるのはストックオプションだが、行使できるのは上場後である。上場しなければ価値はゼロのままだ。

つまり前節の六つの確認は、そのまま報酬交渉の中身である。上場の確度が低い会社でオプション比率の高い条件を受けるのは、報酬を下げているのと同じになる。現金の下げ幅は、確度に見合う範囲までにしたい。

CFOのキャリアがIPO前とPEファンド投資先でどう分岐するかはIPO準備とPE投資先で、CFOの仕事はどう変わるかに、金融側からCFOを目指す道の損得はCFOへの登竜門としてVCやPEを選ぶのは正解かにまとめている。

逆に、事業会社から公開引受業務へ移る場合

同じ検索をする人の中には、この向きを考えている人もいる。結論として、上場準備を一社分やり切った経験は引受部門で評価される。ただし引受は審査を通す側ではなく通させる側であり、担当社数は一気に増える。一社を深く見る仕事から、多数を型で見る仕事への転換になる。深さを面白がってきた人には、向きの違いとして現実に効く。

希少なのは勘所であって、実務ではない

公開引受の経験は、上場準備企業から見れば確かに希少である。審査の勘所を持った人材は、社内では育たない。

ただし希少なのは勘所であって、経営の実務ではない。選考が見ているのは後者である。指摘してきた立場から、作る立場へ動くという自覚を、面接の最初の五分で示せるかどうかで結果が変わる。