買った会社の受注が戻らないとき、原因が営業担当の質にあることは、実はあまり多くない。多いのは、前の持ち主が営業の設計そのものを変えていて、それが元に戻せないまま引き渡されている場合である。
だとすれば、立て直しを任せる経営者に求めるべきは「コストを切れる人」ではない。一度失われた顧客接点を、もう一度作り直せる人である。この2つは、職務経歴書の上ではよく似て見えるが、選考で確かめるべきことはまったく違う。
開示された1件から、何が読めるか
M&A Onlineの報道によると、三浦工業は2024年5月に、当時の売上高の約8割に当たる約1200億円を投じて米ボイラ大手Cleaver-Brooksを買収した。同社は買収前、PEファンドの傘下にあった。
三浦工業が2026年5月に公表した決算説明会資料の内容として、同報道が伝えている前オーナー時代の施策と結果は、次のようなものだ。
- 従来の営業モデルを廃止し、営業の裁量を縮小した
- 案件の開始条件を厳格化した
- 営業担当の報酬制度を見直し、複数回の人員削減を実施した
- 結果として組織の安定性が低下し、約35%の人材が入れ替わる離職率となった
- 営業力の低下が受注減少を招く悪循環に陥った
- 製品の導入先は約1500社あるが、実際に接点を持つ顧客の割合は20%台にとどまる
ここで取り上げるのは、どちらの経営が正しかったかという採点ではない。買い手が引き受けたあとに何が起きるかを、当事者が自ら開示した稀な事例として読む価値がある、という一点である。
なぜ短期の効率化が、営業を壊すことがあるのか
機器の販売に保守・サービスが乗る事業では、売上は商品ではなく**「誰がその顧客を知っているか」に載っている**。何年も同じ担当が現場に出入りし、次にどの設備がいつ更新されるかを個人の頭の中に持っている。この構造の事業は、日本の中堅製造業にも数多くある。
この形の事業に、営業裁量の縮小・案件開始条件の厳格化・報酬制度の変更を同時に当てると、短期のPLでは改善に見える。無駄な案件を追わなくなり、人件費が下がるからだ。
問題は、そこで失われるものが会計に出ないことである。顧客との関係は貸借対照表に載っていない。載っていないから、担当者が辞めた時点では何も減ったように見えない。数字に出るのは、更新の時期が来た顧客が別の会社に流れ、受注の先行指標が落ちてからになる。半年から2年、遅れて出る。
しかも、その頃には売上が落ちているので、さらなる効率化が正当化される。これが悪循環の正体である。現象としては「営業が弱い」に見えるが、起きているのは設計の問題であって、担当者の能力の問題ではない。
買う前に見るべき3つ
デューデリジェンスで財務と法務は必ず見る。営業組織の可逆性は、抜けやすい。最低限、次の3つは対象会社に聞く価値がある。
- 直近3年の、営業・サービス部門だけの離職率。全社平均では薄まって見えない。売上を運んでいた層が抜けたかどうかを見る
- 営業の報酬制度と権限の変更履歴。いつ、何を、なぜ変えたか。直近の変更が新しいほど、影響はまだ数字に出ていない
- 既存顧客のうち、直近1年で接点があった割合。前出の「顧客タッチ率」に当たる。ここが低ければ、顧客基盤は名簿として存在していても、事実上は他社に開かれている
※顧客タッチ率とは: 製品を導入している顧客のうち、一定期間内に実際に営業・サービスの接点を持てた顧客の割合。名簿上の顧客数と、取引が続いている顧客数の差を可視化する指標として使われる。
この3つが悪い会社を買ってはいけない、という話ではない。悪いと分かって買うなら、送り込む経営者の要件がまったく変わるという話である。
立て直しを任せる経営者に、何を求めるか
再建と聞くとコスト削減の実績を評価しがちだが、この局面で効くのは別の能力である。
- 落ちた受注を戻した経験があるか。伸ばした経験ではない。落ちているところから戻す仕事は、社内の空気が最も悪い状態から始まる
- 報酬制度と権限配分を、自分で設計し直せるか。本社が人事権と報酬制度を握ったままでは、どれほど有能でも手が出ない。要件定義の段階で、どこまで委ねるかを決めておく必要がある
- 辞めさせない判断ができるか。再建を任される人は、切る判断を求められることに慣れている。この局面で希少なのは、残すべき人を見極めて引き留められる人である
選考で確かめる質問
抽象的な再建論を語れるかではなく、設計を触った経験の有無を聞く。
- 「営業の報酬制度を変えた経験はありますか。何をどう変えて、その後の離職率はどう動きましたか」
- 「受注が落ちている状態から回復させたとき、最初の90日で具体的に何をしましたか」
- 「顧客の担当を誰にするかを、何を根拠に決めましたか」
- 「前職で、辞めさせなかった人は誰ですか。それはなぜですか」
最後の質問は、答えに詰まる候補者が少なくない。切った話は用意してきても、残した判断を言語化している人は多くないからだ。
レファレンスでは、その人の在任中に営業のキーパーソンが残ったか辞めたかを、直接聞くとよい。本人の自己申告と食い違うことがある。
報酬設計を、フェーズで変える
もう一点。立て直しを任せる経営者の報酬を、単年度の利益連動に強く寄せると、前オーナーと同じ行動を取らせることになる。短期の利益を作る最短経路は、いつでもコスト削減だからである。
前出の三浦工業は、Cleaver-Brooksの変革を「安定化/体質改善」「戦略推進」「拡張ステージ」と年度でフェーズ分けしていると報じられている。ここから先は公開情報からの推測だが、フェーズごとに達成を測る軸を変える意図があるとすれば、経営陣の評価指標も同じように段階で切り替えるのが筋が通る。
実務としては、安定化の局面では顧客接点の回復や主要人材の定着率といった先行指標を評価に入れ、利益への連動は次のフェーズで重くしていく。評価指標を最初に握り違えると、要件定義がどれほど正確でも、着任後の行動がずれる。
まとめ
買収先の営業が動かないとき、見るべきは担当者の名簿ではなく、前の持ち主が触った設計である。そして設計を戻す仕事は、コスト削減とは別の能力を要求する。
- 原因は営業担当ではなく、営業の設計であることが多い
- 失われた顧客接点は会計に出ないため、気づくのが遅れる
- 任せる人の要件は「切れる人」ではなく「戻せる人」
- 評価指標をフェーズで切り替えないと、同じ失敗を繰り返させる
当社は、PEファンド投資先や事業承継など、非公開の経営ポジションを扱っている。買収後の経営体制をどう組むかについては、M&A後の経営体制もあわせてご覧いただきたい。買収した会社の経営を誰に任せるかという論点は、初めての買収でターゲットリストに抜けがちな「誰が経営するか」の列でも扱っている。
