電気・通信・空調といった専門工事会社を、施工能力の確保を目的に買う案件が増えています。このとき買い手が手に入れているのは、施工能力そのものではありません。その工事を合法に請けられる「許可」です。
そして許可は会社に付きますが、許可を成り立たせている要件は、個人の資格に乗っています。 誰が辞めるかによって、買った会社が受注できる工事の範囲そのものが縮みます。
だから、この型の買収で子会社の経営を任せる人に最初に求められるのは、施工の腕でも業界人脈でもありません。資格を持つ人の在籍を、経営の数字として扱えることです。この記事では、その構造と、要件定義・選考・報酬設計・着任後100日までを書きます。
まず、起きていること
M&A Onlineの集計によると、建設業を対象とするM&Aは2026年1〜9月で54件(上場企業の適時開示ベース)。前年の年間47件を3カ月残して上回り、これまで最多だった2021年の年間50件も超えました。
内訳で目を引くのは、電気工事・通信工事・空調工事・基礎工事といった専門工事の分野が全体の約6割を占めることです。大型案件としては、電気設備工事大手のきんでんが三菱電機傘下の同業・弘電社をTOBなどを通じて約850億円で取得し、9月30日付で完全子会社化しています。
同社の集計では、2026年度の国内建設投資は83兆2000億円(前年度比6.3%増)と30年ぶりの80兆円台ですが、資材価格と人件費の上昇を除いた実質では2.4%増にとどまります。需要はあり、請ける体制が足りない。 だから施工能力を買う、という動きです。
事実はここまでです。以下は、この型の買収で経営を任せる人をどう決めるかという話に移ります。
「施工能力を買う」の中身は、許可と資格である
専門工事会社の価値を、職人の頭数やカルチャーの話として扱うと、買収後に効く打ち手を取り違えます。より手前に、法律の器があります。
建設業の許可は業種ごとに分かれていて、営業するには業種別の許可が必要です。その許可を維持するには、少なくとも次の3種類の「人」が要ります。
- 常勤役員等のうち一人が、経営業務の管理を適正に行う能力を有すると認められること
- 営業所ごとの専任技術者。その業種の国家資格者か、所定の実務経験を持つ人が、その営業所に常勤していること
- 現場に配置する技術者。工事ごとに主任技術者を置き、規模の大きい工事では監理技術者を置くこと
※専任技術者と監理技術者の違い: 専任技術者は「営業所に常勤して技術的な管理をする人」で、許可を維持するための要件です。監理技術者は「工事現場に配置する人」で、一定規模以上の工事で必要になります。前者が欠けると許可そのものが揺らぎ、後者が足りないと受注できる工事の本数が頭打ちになります。
つまり、許可は会社名義でも、その中身は特定の個人の在籍で支えられています。 専任技術者が退職して代わりがいなければ、その業種の許可は維持できません。買った会社の売上の柱だった業種が、人一人の退職で請けられなくなることが制度上あり得ます。
加えて、公共工事の入札に使う経営事項審査では、技術職員の数が評点に直接効きます。資格者が減ることは、来期以降の入札で取れる案件の上限が下がることと同じです。
のれんが人に紐づいた買収では、人の離職が「カルチャーの問題」として語られがちです。専門工事会社では、それより手前に許可と入札資格という、数字で測れる損失があります。ここを見ていない経営者を入れると、何を守るべきかの優先順位が最初から狂います。
普通のPMIと逆に働くこと
買収後、買い手は良い意図で統合を進めます。規程を揃え、稟議の型を入れ、間接部門を集約する。専門工事会社では、この順番で入ると資格者から抜けます。理由は3つあります。
1. 資格は個人の持ち物で、外でも通用する。 施工管理技士や電気工事士の資格は会社に属しません。人手不足の市場では、資格者は転職も独立も選べます。統合によって裁量が減ったと感じたとき、彼らには出口があります。
2. 現場所長の裁量が、統合で最初に削られる。 専門工事会社の現場所長は、人の配置、応援の手配、協力会社への発注を、その場で決めています。これを本社決裁に上げた瞬間、仕事の進み方が変わります。所長本人の処遇が同じでも、動かせる範囲が狭まったことは即座に伝わります。
3. 技術者の配置は、受注の制約条件である。 一般の事業会社なら、受注を増やしてから人を採る順番が成立します。専門工事では、配置できる技術者の数が先にあり、受注量はその関数です。ここを理解しない計画を本社が立てると、現場は「取れない約束」を背負います。
買収直後にまず決めるべきは、何を統合しないかです。この論点は人を目的に会社を買うと、統合を進めるほど買った資産が減るでも扱っています。専門工事の場合、統合しない範囲の中心は「現場の配置と発注の決裁」です。
任せる人の要件は、4つに絞れる
この席に必要なものを、優先順位の高い順に並べます。
1. 資格者名簿を経営指標として持てる
誰がどの資格を持ち、どの営業所の専任技術者になっていて、どの現場に配置されているか。更新や講習の期限はいつか。これを月次で見る習慣がある人です。
実際の選考では、ここが最も分かれます。資格者の人数を人事の管理表として扱う人と、受注可能額の上限を決める変数として扱う人がいます。後者を取ります。
2. 受注の選別ができる
人手不足の局面で、売り手市場にいるはずの会社が、過去の付き合いで決まった安い単価の工事を抱え続けていることがあります。オーナー経営だった会社では珍しくありません。
買収後の社長の仕事は、どの仕事を断るかを決めることです。断れば短期の売上は落ちます。それを買い手に説明して通せる人である必要があります。
3. 工事ごとの原価が読める
工事は期をまたぎます。見積りと実行予算の差、追加工事の扱い、未成工事支出金の積み上がり。ここが読めないと、月次の利益が実態からずれたまま進みます。会計の専門家である必要はありませんが、現場の進捗と数字を自分で突き合わせられることは要件です。
4. 施工の経験は、必須ではない
これは意外に思われますが、施工のプロである必要はありません。要件は、現場の言葉で話せることです。 工程と安全と協力会社の都合を、現場の人間が使う言葉で聞き取れるかどうか。技術の中身は、残ってもらう技術者が持っています。
選考で確かめること
抽象的な経営観を聞いても差が出ません。事実を聞きます。
- 「前職で、資格や免許が人に紐づいていた事業を扱ったことはありますか」 — 建設業でなくても構いません。有資格者の在籍が事業の前提だった経験があるかを見ます
- 「断った受注の話を1つ教えてください」 — 金額と、断る判断を誰にどう説明したかまで聞きます
- 「現場の責任者と、どの頻度でどこで話していましたか」 — 本社の会議室の話だけで終わるか、現場に行った話が出るか
- 「技術者が辞めると言ってきたとき、何をしましたか」 — 引き止めの話と、引き継ぎを設計した話の両方が出る人を評価します
レファレンス(前職関係者への照会)では、上司ではなくその人の下にいた現場の責任者と、協力会社に聞きます。質問は一つで足ります。「あの方が来てから、現場の決め方で変わったことはありますか」。
報酬と契約の設計で、踏みやすい落とし穴
この型の買収では、報酬を離職率や資格者数に連動させたくなります。短期のKPIに人数を置くのは避けるべきです。 人数を守ること自体が目的になると、辞めるべきでない人を無理に留め、辞めてよい人も留まる状態になります。
置くなら、人数ではなく配置できる技術者で請けられる工事の量と、その粗利です。資格者の確保はその手段として評価します。
また、任期は3年より短く切らないほうがよいと考えます。技術者の採用と育成、入札の評点が動くまでに時間がかかるためです。1年で測れる成果だけを約束させると、安い受注で売上を作る方向に戻ります。
報酬の組み立て方そのものはPEファンド投資先の役員報酬はどう決まるかに整理してあります。買い手が事業会社でも、固定・短期・長期の3層で考える枠は同じです。
着任後100日に、やらないこと
- 規程と稟議の統合を先に入れない。 先に入れるのは、資格者名簿と配置の可視化だけで足ります
- 現場所長の決裁権限を触らない。 100日の間は、金額の上限も含めて現状のままにします
- 人員の再配置をしない。 営業所の専任技術者を動かすと、許可の要件に直接触ります。動かす前に、どの業種の許可が誰で成り立っているかを確認します
- 協力会社の見直しを始めない。 人手不足の局面では、協力会社の手配力が受注能力そのものです
やることは一つです。どの業種の許可が、誰の在籍で成り立っているかを、自分の手で確認して紙にすること。 そのうえで、抜けたら許可が揺らぐ人が何人いるかを買い手に報告する。これが100日の成果物です。
買収後に「現場が想定通りに動かない」という形で問題が出てくる経緯は、建設会社の売却サインを見逃すな!「人手不足型M&A」を成功に導くPMIの鉄則にも書いています。あわせて読むと、ソフト面と制度面の両方から見えるはずです。
まとめ
- 専門工事会社の買収で手に入るのは、施工能力ではなく業種別の許可である
- 許可は会社に付くが、要件は常勤役員等・営業所の専任技術者・現場の配置技術者という個人に乗っている
- 資格者が抜けると、許可の維持と公共工事の評点、つまり受注できる範囲が縮む
- 統合を急ぐと資格者から抜ける。先に決めるのは「何を統合しないか」で、中心は現場の配置と発注の決裁
- 任せる人の要件は、資格者名簿を経営指標として持てること、受注を選別できること、工事原価が読めること。施工経験は必須ではない
- 報酬の短期KPIに人数を置かない。置くのは、配置できる技術者で請けられる工事量とその粗利
- 着任後100日の成果物は、どの許可が誰の在籍で成り立っているかを自分の手で確認した一枚
買収後の経営体制についてはM&A後の経営体制にまとめています。当社は、表には出ない経営者のポジションを扱っています。
