海外M&Aの件数が過去最速で200件を超えた。一方で取引金額は前年の同じ時点を2兆円下回っている。つまり、1件あたりが小さくなっている。

これは経営体制の作り方に直接効く。大型案件なら本社から専任のチームを送り込めるが、数十億円規模の案件で同じ体制を組むと、投資額に対して管理コストが重すぎる。だから小型の海外買収では、成否が「現地の経営を誰に任せるか」にほぼ全部乗る。

報道されている数字

マールオンライン(M&A Online)の集計によると、上場企業がかかわる2026年の海外M&A件数は10月9日に200件に達し、14日時点で205件。200件突破は4年連続で、前年は11月20日の到達だったため、ペースがひと月以上速い。

※適時開示ベースとは: 上場企業に義務づけられた開示情報から数えた件数のこと。非上場企業同士の取引や、金額を公表しない小さな案件は含まれないことがある。実数はこれより多い。

同じ集計では、取引金額は7兆1219億円で、前年の200件到達時点より約2兆円少ない。4000億円超の大型案件は前年の年間10件に対し、今年は現時点で5件にとどまる。内訳は日本企業が買い手のアウトバウンド124件、外国企業が買い手のインバウンド81件。インバウンド比率は39.5%で、コロナ禍前の20%台半ばから跳ね上がったまま高止まりしている。

国・地域別では日米間が59件で最多。日中間は28件だが、日本企業による買収は3件のみで、残りのほぼすべては日本企業が中国子会社を現地企業などに売却する案件である。

「そのまま残す」は意思決定ではなく、要件定義の省略である

件数が増えて金額が減るとき、現場で何が起きるか。

大型案件では、買い手は専任のPMO(統合推進の事務局)を置き、財務責任者を出向させ、法務・会計・言語の支援体制まで組める。取引金額が大きいので、その人件費は投資全体から見れば小さい。経済合理性がある。

小型案件では、それが組めない。数十億円の買収に本社の幹部を3人張り付けたら、投資の採算そのものが変わる。だから初期値として**「現地の経営陣をそのまま残す」が選ばれる。**

残すこと自体は、多くの場合に正しい。問題は、残すと決めたときに要件を書いていないことである。「続投」は人事の結論であって、席の定義ではない。何をどこまで決めてよいのか、何を本社に上げるのか、いつまでこの体制なのかが空白のまま、最初の1年が過ぎる。買い手が「現地が思ったように動かない」と言い出すのは、たいていこの空白が原因だ。

初めての買収でターゲットのリストに「誰が経営するか」の列が抜けている話は国内案件でも同じだが、海外案件では本社の目が届かないぶん、空白が埋まるまでの時間が長い。

任せ方は3つ。選考の論点が別になる

1. 現地の経営者(多くは売主)を残す

最も多い形だが、確かめるべき点が一つある。株を売り切った経営者は、翌日から立場が変わる。 売主として会社を説明する仕事が終わり、雇われ経営者として数字を作る仕事が始まる。この切り替えができる人と、できない人がいる。

アーンアウトやロックアップで縛る設計は有効だが、縛りには期限がある。

※アーンアウトとは: 買収代金の一部を、買収後の業績目標の達成に応じて後払いする仕組み。※ロックアップとは: 一定期間は辞めない、株を売らないといった約束のこと。

面接で聞くべきことは「縛りが切れた日に、あなたはこの会社で何をしているか」である。答えられない人を残すなら、その日の後任を先に用意しておく。

2. 本社から送る

送る人に要るのは、現地事業の知識ではない。本社の決裁を動かせる信用である。現地で決められる範囲が明文化されていないと、駐在者は決裁のたびに本社へ照会する「伝言役」になり、現地の幹部から見た権威を失う。親会社から社長を送り込んで失敗する構造は、距離と時差のぶんだけ海外で増幅される。

3. 現地で外から採る

最も時間がかかる。報酬は現地の一般的な水準ではなく、その席の希少性で決まる。本社の役員報酬テーブルを基準に設計すると、候補者が集まらないか、集まった人が期待と違う。外部採用・内部登用・出向の選び分けは、海外では「出向」の難易度だけが跳ね上がると考えてよい。

要件定義に書く3つ

小型の海外案件では、次の3つを契約締結前に紙に落としておくと、着任後の摩擦がはっきり減る。

  1. 決裁権限の線。金額、人事、契約の3種類それぞれについて、現地で決める範囲を数字で書く。「重要な事項は本社と協議」は線ではない
  2. 報告の言語と会計基準。これを決めずに始めると、最初の3か月が報告書の作り直しで消える。現地の決算を本社基準に組み替える作業を誰がやるのかまで決める
  3. 席の寿命。統合が終わるまでか、次の買収までか、5年の事業計画を回し切るまでか。期限の違いで、口説くべき人物像が変わる

面接で確かめる3つ、レファレンスで聞く2つ

面接では、次の3つを具体例で聞く。

  • 本社(または株主)と意見が割れた案件を1つ挙げてもらう。どう決着したかではなく、誰を説得したかを聞く
  • 現地の幹部が辞めたとき、後任に誰を充てるつもりか。頭の中に名前があるかどうかで、組織を見ている深さが分かる
  • 自分が決めてはいけないと思う範囲はどこか。権限を広く取りたがる人ほど、この質問で止まる

レファレンスでは2つに絞る。本社がいない場でどんな意思決定をしたかと、悪い数字をいつ、どう上げたかである。時差のある組織では、遅い報告が致命的になる。悪い報せを早く上げた実例が出てこない人は、距離のある経営に向かない。

売る側の席も、同じだけ増えている

日中間28件のうち25件が、日本企業による中国子会社の売却だった。買う話と同じ数だけ、売ると決めた拠点をクロージングまで経営する席が生まれている。

ここは動機の設計が逆向きになる。成長ではなく、価値を落とさずに引き渡すことが仕事であり、やり切ったら自分の席は無くなる。同じ人に両方を任せることはできない。売ると決めた事業を誰が経営するのか、買う案件と売る案件で経営人材の要件を2種類持つという話は、海外拠点の整理でもそのまま当てはまる。

インバウンド比率が4割で高止まりしているということは、日本企業が買われる側になる機会も同じだけ増えているということでもある。外国資本や投資ファンドの傘下で日本法人のトップを務める席は、求められるものが従来の子会社社長とは別物になる。M&A後の経営体制をどう組むかの相談は、買う側と買われる側の両方から来ている。

まとめ

件数が最速で、金額が減っている。この2つが同時に起きているとき、買い手が最初に埋めるべき空白は、統合の工程表ではなく**「誰に、どこまでを、いつまで任せるか」**である。小型案件では本社の体制で埋め合わせができないぶん、人選の精度がそのまま結果に出る。