株式の70%を先に取得し、残りを数年後までに取得すると契約で決めた買収は、創業者が会社を離れる日を、買う時点で決めた買収です。

この形を選んだ時点で、PMIの中身が変わります。やるべきことは機能の統合でもシナジーの試算でもなく、創業者が一人で持っている仕事を分解して、期限までに誰に渡すかを決めることです。そして渡す相手の席は、買収の初年度に作らなければ間に合いません。

この記事では、期限のある段階取得という形が経営人材の要件に何を強いるのかを、具体的な設計まで下ろして書きます。

事実:70.18%を取得し、残りは2031年7月までに

マールオンラインの報道によると、住宅設備機器大手のタカラスタンダードが、新規事業やWebサービスの構築支援を手がけるシグマコンサルティングを子会社化します。株式の70.18%を2026年10月30日付で取得し、そのうえで2031年7月までに残る株式を取得するという設計です。取得価額は公表されていません。

シグマコンサルティングは2006年設立で、クラウド技術とソフトウェア開発力を強みに、戦略立案から実装・運用まで一貫して手がける体制を持つと報じられています。2026年2月期の単体業績は売上高4億1700万円、営業利益8100万円。買い手側の狙いは、リフォーム事業における顧客接点のデジタル化と、顧客データ活用によるマーケティング施策の強化とされています。

ここから先は、公開されている情報から読める論点です。個別の案件の中身を知って書いているものではありません。

なぜ一度に100%買わないのか

売上4億円規模の専門サービス会社に、工場も在庫も特許もありません。価値のほぼ全部が人に乗っています。 受注できる人、見積れる人、作れる人、採れる人。

この構造の会社を100%即時で買うと、買い手は同時に「辞める自由」も買ってしまいます。 創業者は売却代金を全額手にした翌日から、残る経済的な理由を持ちません。残株を後に回すのは、残る理由を金銭の形で作る設計です。

※段階取得とは: 株式を一度に全部買わず、最初に過半数などを取得し、残りを後から買い取る形です。残りの買い取り価格を将来の業績に連動させる形(アーンアウト)と組み合わせることもあります。買い手は資金の支出を分け、売り手は会社を良くした分を後から受け取れる、という整理になります。

ただし、ここで多くの買い手が読み違えます。「残株がある5年間は創業者が頑張ってくれる」という読み方です。正しくは逆で、残株が無くなった日に会社が回るかどうかが問われています。 期限が切られている以上、残る理由には終わりがあります。5年は猶予ではなく、工期です。

創業者が一人で持っている4つを分解する

専門サービス会社の創業者が実際に握っているものは、組織図に書かれていません。実務では、だいたい次の4つに分かれます。

1. 受注。 仕事がどこから来るのか。多くの場合、会社名ではなく創業者個人への信頼で来ています。 2. 見積り。 この要件なら何人月で、いくらで受けるかの判断。外した案件が赤字になるため、創業者が最後に見ています。 3. 品質の最後の砦。 顧客に出す前に見る人。この役が空くと、事故が止まらなくなります。 4. 採用と評価。 この業界で誰が使えるかを見分ける目。採用の失敗がそのまま利益率に出ます。

このうち1と4は、引き継ぎに最も時間がかかります。受注の関係は相手の都合もあるため、紹介だけでは移りません。採用の目は、何人か採って外してみないと身につきません。どちらも「資料を作って渡す」で済まないため、期限から逆算すると初年度に着手しなければ終わりません。

逆に2と3は、判断の基準を言葉にして記録に残せます。先に手をつけやすいのはこちらです。

買い手側に必要な席は、1つではなく2つ

ここが分かれ目です。多くの買い手は、買った会社に社長を1人置けば足りると考えます。創業者が続投するなら、しばらく誰も置きません。

ですが買収の目的が「自社の既存事業のデジタル化」である場合、目的の達成は買った会社の中では起きません。 必要な席は2つです。

内側の席:買った会社を属人性から外す人。 創業者の4つを期限までに移す責任を持ちます。求められるのは専門領域の腕ではなく、自分が抜けても回る状態を作った経験です。

外側の席:親会社の事業側で、買った機能を使って自分の数字を作る人。 リフォーム事業の側に、デジタル化の責任と予算を持つ人がいなければ、買った会社に発注する人がいません。

外側の席を空けたままにすると、何が起きるかが読めます。 買った会社は従来どおり外部顧客の受託を続けます。単体の数字は悪くなりません。利益率が高ければむしろ褒められます。そして買収の目的だけが、4年目まで誰にも気づかれずに未達のまま進みます。黒字なので、誰も問題として扱えないためです。

KPIを決めると、要る人が決まる

単体の営業利益を子会社のKPIに置くと、創業者は利益率の高い外部受託を優先します。これは逃げではなく、与えられた指標に対して正しい行動です。 親会社の案件は、要件が固まらず、決裁に時間がかかり、値引きを求められがちで、利益率が落ちます。

親会社の事業に寄与させたいなら、社内取引の値決めルールを先に作ることになります。親会社向けの工数をどの単価で立てるのか。要件が固まらない期間のコストを誰が持つのか。これを決めずに「連携してほしい」と伝えるのは、要件定義をしないまま人を探すのと同じです。

要件定義を先に片づける順番については自力では間に合わないと売られた会社を買うとき、要件定義より先に切り分ける3つに書きました。売主が株式の一部を持ち続ける案件そのものの力学は株式を70%だけ買う買収では、子会社の社長の仕事が変わるで扱っています。

選考で確かめること

内側の席に入れる人を選ぶとき、経歴書では差が出ません。面接で聞く質問を挙げます。

  • 「自分が抜けても回る状態を作った経験はありますか。何を、誰に、どの順番で渡しましたか」——順番を答えられる人は、実際にやった人です。
  • 「渡した相手が、あなたより下手なまま決めてしまったとき、どう扱いましたか」——引き継ぎが止まる原因はほぼここです。取り上げた人は、5年経っても引き継げません。
  • 「親会社の決裁が降りなかったとき、何をしましたか」——諦めたのか、別のルートを通したのか。後者を答えられる人が、2つの組織の間で動けます。

レファレンスでは、その人が去ったあとに組織が回ったかどうかを聞きます。在任中の成果は本人からも聞けますが、去った後の状態は本人からは聞けません。

報酬は「引き継ぎが終わった状態」に紐づける

残株の取得が5年後と決まっているなら、その間の創業者の報酬を単体利益だけに連動させると、前の章で書いた逆向きの動機が強まります。

期限のある段階取得では、報酬の一部を引き継ぎの達成に紐づけるという論点が出てきます。受注が会社に移ったか。見積りの基準が記録されたか。採用を他の人が回せるか。数字で測りにくい項目ですが、測りにくいから報酬から外すと、5年目に「人が抜けただけの会社」が残ります。

買収後の経営体制をどう組むかについてはM&A後の経営体制にまとめています。期限が決まっている案件では、空席のまま様子を見る期間が、そのまま工期から引かれます。