売り手の経営陣が「自社だけでは間に合わないので売った」と説明している会社を買うとき、買い手が最初にやるべきことは経営陣の要件定義ではありません。その会社で実行が止まっていた理由を、資源・意思決定・能力の3つに切り分けることです。

理由が違えば、必要な打ち手も、任せる人も変わります。切り分けを飛ばして「足りなかった資源を足す」PMIを組むと、1年後に同じ場所で止まります。資源はもう足りているのに、止まった理由が資源ではなかったからです。

この記事では、切り分けを何で判断するのか、面接とレファレンスで何を聞くのか、報酬と着任後100日をどう組むのかを、実務の手順に落として書きます。

報道された事実

マールオンラインの報道によると、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)支援を手がけるプロジェクトホールディングスが、技術者派遣のテクノプロ・ホールディングスによるTOBを受け入れ、株式を非公開化します。買付主体はテクノプロHD傘下のTX1で、買付代金は120億3000万円。買付価格は1株2200円で、公表前営業日の終値1110円に対して98.2%のプレミアムが乗っています。買付予定数の下限は所有割合62.43%にあたります。

※TOB(株式公開買付)とプレミアム: 買い手が「1株いくらで、何株まで買います」と公告して市場外で株式を買い集める手続きです。応募してもらうために市場価格より高い値を付け、その上乗せ分をプレミアムと呼びます。

報道によれば、プロジェクトHD側は、生成AIの進展で事業環境が変化する中、課題としていた営業基盤・人材基盤の強化とAIへの対応力向上を迅速に進めるには、テクノプロHDの経営資源を活用することが最善と判断したとされています。テクノプロHD側は、従来の技術者派遣にとらわれない高付加価値領域の強化を進めており、高度なコンサルティングやDX・AI実装支援への展開を加速する狙いだと報じられています。

プロジェクトHDは2016年に創業し、2021年に東証マザーズ市場(現グロース市場)へ上場。2024年に持ち株会社体制へ移行しています。

以下は公開情報からの推測であり、両社の内部事情を知って書いているものではありません。 また、売却という判断そのものを採点する意図はありません。創業から5年で上場し、その先の成長の手段として資本を組み替える判断は、経営として十分に筋が通ります。ここで取り出したいのは、買い手が同種の案件で何を確かめるべきかという一点です。

「間に合わない」には3通りある

売り手の説明が「資源が足りなかった」であっても、実行が止まる原因は実務上3つに分かれます。

1. 資源の制約。 投資に回す資金、採用できる人の数、入り込める顧客基盤が足りなかった。この場合は足せば動きます。経営陣の顔ぶれを変える必要はなく、買い手の仕事は資源の供給と、何を先にやるかの合意です。

2. 意思決定の構造。 やるべきことは分かっていたのに、決める場がなかった、あるいは決める人が一人に集中していた。創業者がすべてを決めている会社では、現場は通らない提案を出すのをやめます。この場合、資源を足しても速度は変わりません。 変えるのは、誰が何をいくらまで決めるかという設計と、それを運用できる人です。

3. 能力の不足。 その領域を設計できる人が社内にいなかった。高付加価値のコンサルティングやAIの実装のように、既存事業の延長では組めない領域ではこれが起きます。必要なのは席を1つ足すことで、既存経営陣の続投・交代とは独立した判断です。

買い手の多くが2と3を1に見間違えます。売り手が自己申告する理由はほぼ必ず1だからです。資源不足は外部要因で、経営陣の責任に触れずに説明できます。悪意ではなく、説明として自然なだけです。

止まった施策の履歴は、DDの資料には出ない

切り分けの材料は、デューデリジェンス(買収前の精査)で出てくる資料には載りません。出てくるのは「やろうとしていた施策の一覧」と事業計画です。どちらも止まった理由を説明しません。

見るべきものは止まった施策の履歴です。いつ提案され、どの会議に上がり、誰が止め、その後どうなったか。これは3カ所から出ます。

  • 経営会議・取締役会の議事録。議案の一覧ではなく、上がって決まらなかった議案を数える
  • 部長クラスへのヒアリング。「過去3年で、出したけれど通らなかった提案」を1つ挙げてもらう
  • 予算の執行率。承認された投資予算のうち、実際に使われなかった枠がどこに溜まっているか

資源制約なら、予算枠そのものが小さいはずです。意思決定の構造が原因なら、枠はあるのに使われずに残っています。 この差は数字で出ます。

面接で確かめる3つの質問

続投を検討している既存の経営陣にも、外から入れる候補にも、同じ質問が使えます。聞くのは実績ではなく、止まった経験の扱い方です。

  1. 「この3年で、やると決めて途中で止めた施策を1つ挙げてください。止める判断をしたのは誰ですか」 自分が止めたと言える人は、判断の記録を持っています。「会社の方針で」と答える場合、決裁の所在が本人にも見えていません
  2. 「その施策について、いくらまでなら自分の決裁で動かせましたか」 金額が即答で出るかどうかで、権限が設計されていたのかが分かります
  3. 「いま同じ資源が与えられたら、その施策は通りますか。通らないとしたら何が残りますか」 2と3の原因は、ここで本人の口から出ます

同じ構造を、買収前のターゲット選定の段階で要件に落としておく話は初めての買収でターゲットのリストに「誰が経営するか」の列が抜けているに書きました。

レファレンスは、社外取締役に「通らなかった議案」を聞く

レファレンス(前職関係者への照会)で取引先や部下に当たると、人柄と実務能力の評価は取れますが、意思決定の構造は出てきません。

上場会社を買う場合、聞く相手は社外取締役・監査等委員です。 取締役会に上がってきて通らなかった議案、差し戻された議案、そもそも上がってこなかった論点を聞きます。「議論が活発だったか」ではなく、決まらなかったものの中身を具体的に挙げてもらうのが要点です。

非公開化によって社長の仕事そのものが入れ替わる論点は上場をやめた会社の社長には、前と同じ仕事は残らない、続投と交代の判断軸はM&Aした子会社の社長は入れ替えるべきか続投すべきかで扱っています。本記事はその手前、要件を書く前に原因を確定させる段階の話です。

報酬は、資源を使う権限と結果を紐づける

上場会社の経営陣は、非公開化で株式報酬の出口を失います。そこを親会社の業績連動に置き換えるだけだと、「資源が足りなかった」と説明していた人の報酬が、資源の使い方と無関係になります。

組むべきは逆です。与える資源の額と、それを使った結果を、同じ指標で評価する。 投資枠をいくら預けるかを先に決め、その枠から出る利益と回収期間を報酬の変動部分に置きます。枠を使い切らなかった場合も評価の対象にします。使わなかったのは判断なので、その判断を説明してもらう前提にしておきます。

着任後100日は、止まっていた1本を通し切る

100日で全体の構造を変えようとすると、切り分けの答え合わせができません。やることは1つで十分です。

止まっていた施策の中から1本を選び、資源を足して通し切る。 通れば原因は資源でした。資源を足したのに同じ場所で止まるなら、原因は意思決定の構造か能力です。100日で分かるのはそこまでですが、それが分かれば次の100日の打ち手は決まります。

逆に、ここで通す1本を「新しく考えた施策」にしてしまうと、何も検証できません。過去に止まったものを使うことに意味があります。

まとめ

「自社だけでは間に合わない」という売却理由は、買い手にとって最も扱いの難しい情報です。説明としては正しく、しかし原因としては粗いからです。

  • 実行が止まった理由を、資源・意思決定・能力の3つに切り分ける
  • 材料はDD資料ではなく、止まった施策の履歴と予算の未執行枠
  • 面接では実績ではなく、止めた判断の所在と決裁金額を聞く
  • レファレンスは社外取締役に「通らなかった議案」を聞く
  • 報酬は、預ける資源の額と結果を同じ指標に乗せる
  • 着任後100日は、止まっていた1本を通し切って原因を確定させる

当社は、PEファンド投資先や事業承継を含む非公開の経営ポジションを扱っています。買収後の経営体制についての考え方はM&A後の経営体制にまとめています。