同じ事業を地域で割って切り出す案件で、買い手が最初に埋めるべき席は、拠点を統括できる人ではない。本部機能を作れる人である。

理由は単純で、売り手はその事業から撤退していないからだ。別の地域で同じ事業を続けるのだから、採用・開設・制度対応・ブランドといった全国共通の本部機能は売り手の中で動き続ける。切り出された側に移ってくるのは拠点と、そこで働く人と、契約である。現場は完結しているのに、現場を回していた上の層が無いという状態から経営が始まる。

この型の案件で経営者の要件定義を「同業の役員経験者」から書き始めると、ほぼ外す。順に落としていく。

報道された事実

マールオンラインの報道によると、医療施設型ホスピス「医心館」を全国展開するアンビスホールディングスが、西日本エリアを中心とする47施設を譲渡する。経営資源を首都圏・東日本エリアに集中させ、財務基盤の強化と成長投資余力の拡充を図るとしている。

同報道が伝える条件は、対象事業の売上高が115億円(2025年9月期)、譲渡価額が174億円、譲渡予定日が2026年11月16日。譲渡先は日本産業推進機構グループが運営するファンド傘下の会社。対象事業をいったん新設会社2社に移管した上で、その全株式を譲渡する形をとる。

ここから先は公開情報からの推測であり、当事者の投資仮説や移行設計を知る立場にはない。同じ型を仕込む読み手が、経営人材の要件をどう書くかを考えるための材料として扱う。

「普通のカーブアウト」との違いは一点だけ

ノンコア事業の売却では、売り手はその事業をやめる。だから事業専属だった管理機能は、多くの場合いっしょに出ていく。少なくとも、売り手が同じ事業を続けることはない。

地域で割る場合は違う。売り手は同じ看板で、同じオペレーションを、別の地域で続ける。すると本部機能は売り手にとって手放せない資産になる。

そしてもう一つ、移管の形式がこれを強める。事業を新設会社へ移してその株式を売る形をとると、移るのは対象事業に紐づく資産・契約・従業員である。多拠点サービス業の本部は全国共通に設計されているので、「対象事業専属の本部人員」がそもそも存在しない。 看護職の採用チームは全国の母集団をまとめて回しているし、開設の用地開発も全国の物件を横並びで見ている。切り分けようとしても分けられないものが残る。

結果として買い手が引き受けるのは、よく回っている47の現場と、移行サービス契約の期限つきで借りている本部である。期限が切れた日に機能が無いなら、そこから先は買い手の自前になる。

類似の論点はカーブアウトを既存経営陣に託すとき、最初に壊れるのは事業ではないと、介護事業のカーブアウトで最初に動く数字は、EBITDAではなく稼働率であるでも扱った。前者は要件を機能から書く話、後者は運営主体の変更を外部にどう説明するかの話で、本稿はその手前にある「本部がそもそも無い」状態の話になる。

作り直す必要がある機能を、先に四つに割る

「本部長を採る」で片付けると、何も決まらない。先に機能を割り、立ち上げの順序と期限を書く。

  1. 採用の蛇口。看護・介護職の母集団形成を、売り手の採用力に乗らずに作れるか。多拠点サービス業では、稼働率の上限を決めているのは建物ではなく人員配置である
  2. 開設・物件開発。この事業の成長は新規開設で作る。開発機能が無い期間は、成長が止まるのではなく、成長の仮説が検証できない
  3. 制度対応と請求。報酬改定への対応と、実地指導で指摘を受けない体制。ここを外すと返還が起き、損失が一度に出る
  4. 紹介元との関係とブランド。病院の地域連携室やケアマネジャーに、運営主体が変わったことを説明し続ける仕事。看板の扱いがどうなるかは公表されていないが、同じ型を仕込むなら、ここは契約交渉の段階で決める論点になる

この四つは、一人の経営者が同時に立ち上げられる量ではない。

要件定義は「使った経験」と「作った経験」を分けて書く

多拠点企業の役員経験者は、本部が既にある会社でそれを使った経験と、無い状態から作った経験が履歴書の上で同じ言葉になる。この型の案件で必要なのは後者だけだ。

  • ✕ 業界経験10年以上/同業の役員経験
  • ◯ 拠点数が一定規模を超える局面で、本部機能を自分で設計した経験
  • ◯ 分社・事業譲受の受け皿側で、移行期間のうちに機能を内製化した経験
  • ◯ 採用の母集団形成を、紹介会社依存から自前の流入に組み替えた経験

業種は跨いでよい。多拠点サービス業であれば、調剤、保育、フィットネス、外食の多店舗運営から持ってこられる技術が多い。跨げないのは制度対応だけで、ここは経営者本人に求めず、二枚目の席で確保する。一人に全部を載せると、CFOの要件を積むほど採用は遅くなるで書いたのと同じ形で決まらなくなる。

面接で確かめる四つの質問

  1. 「前職の本部機能のうち、あなたが自分で作ったのはどれで、既にあったのはどれですか」 — 答えの粒度でそのまま分かる。作った人は、採用したメンバーの人数と、立ち上げに要した月数を具体的に言う
  2. 「売り手に残る機能のうち、移行期間が切れたときに困るものを三つ挙げてください」 — 移行サービス契約の内容を見せた上で聞く。期限を自分の経営課題として読み替えられるかを見る
  3. 「同じ看板の事業が隣の地域で別の主体に運営されている状態を、紹介元にどう説明しますか」 — 現場の信用がどこに宿っているかを分かっているかが出る
  4. 「着任後90日で、採用の母集団を作る最初の三手は」 — 最初の一手に「紹介会社の追加」だけが来る人は、蛇口を作った経験がない

レファレンスは、役員同僚ではなく拠点長に当たる

「本部を作った」という自己申告は、同僚役員からは検証しにくい。会議体では誰の発案だったか曖昧になるためだ。

当たる先は、その機能を使った側である。当時の拠点長や施設長に、その機能が入る前と後で現場の何が変わったかを聞く。採用なら、求人の反応がいつから変わったか。開設なら、案件の持ち込み方がどう変わったか。作った人の仕事は、使った側の時間軸に跡が残る。

報酬設計:EBITDA連動を単独で置かない

この事業の成長は新規開設で作る。開設は先に費用が出て、後から稼働が追う。だからEBITDA単独の連動を置くと、開設を止めるほど報酬が増える期間が生まれる。

混ぜる先行指標は、開設の件数と開設後の立ち上がり速度、人員配置の充足率、そして離職率。移行期間中は本部の自前化に費用がかかり、数字が作りにくいので、初年度は固定寄せにして、連動は二年目以降に重心を移す。オファーを書く前に確定させる項目はオファーレターで手が止まるのは、文面の問題ではないに並べた。

着任後100日でやること、やらないこと

やることは、売り手に残った機能の棚卸しと、移行期限のカウントダウン表を作ることだ。どの機能が、いつ、自前になるのか。その日までに誰を採るのか。この表が無いまま3か月が過ぎると、期限は必ず前から来る。

やらないことを先に決めるのも同じく重要で、看板の変更と拠点の統廃合はこの時期に手を付けない。運営主体が変わった直後に外形が変わると、紹介元は様子見に入る。稼働率は紹介の流量で決まるので、そこを揺らす施策は、本部が立ってからにする。

まとめ

地域で割るカーブアウトは、現場が完成している分だけ、経営の空白が見えにくい。デューデリジェンスで拠点のオペレーションを確かめても、その拠点を回していた機能がどこにあるかは拠点を見ても出てこない。

だから要件定義は、売り手に残るものの一覧から書き始める。残るものが、買い手の最初の採用計画になる。

PEファンド投資先の経営人材については投資先の経営体制づくりに詳しく書いている。