「社長の後継者」を探しているオーナーの多くは、候補者の顔を思い浮かべながら考えています。息子はどうか、あの役員はどうか、外から呼ぶべきか。
しかし後継者が決まらない会社に足りていないのは、候補者ではありません。その席が「引き受けられる形」になっていないことのほうが多いのです。 候補者の側に立つと、社長の席は3つのことが決まっていないと受けられません。決裁の最終ラインが誰か、人事をどこまで動かせるか、いつまでの約束か。この3つが空白のままだと、能力のある人ほど慎重になり、返事が先に延びます。
先に決めるのは候補者ではなく、この3つです。順番を書きます。
候補者の側から見ると、社長の席は3つが決まっていないと受けられない
後継者候補にとって、社長を引き受けるのは職を変えることではありません。自分の判断で会社の行く末が変わる立場に入ることです。 だから引き受ける前に、自分の判断がどこまで通るのかを確かめます。確かめられなければ、引き受ける判断そのものができません。
1. 決裁の最終ラインが誰にあるか
多くの会社では、代表を譲ったあともオーナーが会長や相談役として残ります。これ自体は悪いことではありません。取引先との関係や金融機関との信頼は、一日では移らないからです。
問題は、会長と社長のどちらが最後に決めるのかが決まっていない場合です。平時は問題になりません。意見が割れたときに初めて露出します。そして意見が割れるのは、たいてい重要な局面です。設備投資、不採算事業の撤退、古参幹部の処遇。
※代表権とは: 会社を代表して契約を結ぶ権限のことです。登記簿に「代表取締役」として載っている人が持ちます。会長が代表権を持ったまま社長を置くこともでき、その場合は代表取締役が2人いる状態になります。社内の呼び名ではなく、登記上どうなっているかで決まります。
決めるべきは「どちらが偉いか」ではありません。どの種類の決定を、どちらが最後に決めるかです。金額で線を引く会社もあれば、分野で分ける会社もあります。明文化してあれば、割れたときに揉めません。
2. 人事をどこまで動かせるか
次の社長が引き受ける仕事のうち、最も重く、最も先送りされるのが人事です。
長く会社を支えてきた幹部がいます。オーナーと一緒に苦しい時期を越えた人たちです。その人たちの処遇を新しい社長が変えられるのか、変えられないのかが決まっていないと、次の社長は何も手をつけられません。
ここは感情の問題として扱われがちですが、実際には権限の問題です。役員の選任は株主総会の決議事項で、部長以下の人事は社長の権限です。 株式がオーナーの手元にある間、役員人事の最終判断はオーナー側に残ります。そのことを曖昧にしたまま「あとは君に任せた」と言うと、次の社長は任されていない仕事を任されたと受け取ります。
3. いつまでの約束か
任期と、思うような業績が出なかったときの扱いです。
親族が継ぐ場合はここが語られません。当然続けるものとして扱われるからです。社員が昇格する場合も同じです。しかしこの空白は、後から効きます。業績が落ちたとき、次の社長が「自分は交代させられるのか」と考えはじめると、短期で成果の出る判断に寄ります。会社を長く残すための判断ができなくなります。
外部から経営者を迎える場合は、逆に最初から決めておかないと候補者が来ません。
なぜ3つが空白のまま進むのか
オーナーと候補者が、互いに相手を待っているからです。
オーナーは「人が決まったら、条件を決めよう」と考えます。 誰が来るか分からないのに、権限や任期を先に決めても意味がないと感じるためです。これは自然な考え方です。
候補者は「条件が決まっていれば、引き受けるか判断できる」と考えます。 権限の範囲が分からないまま引き受けるのは、仕事の中身を知らずに契約することに近いからです。これも自然です。
結果として、どちらも動きません。そして時間だけが過ぎます。この行き違いは能力や誠意の問題ではなく、先に決める側がはっきりしていないという構造の問題です。 動かせるのはオーナーの側だけです。候補者には、会社の権限構造を決める立場がありません。
後継者が見つからない原因は、人材の不足ではないことが多いのです(→後継者がいない原因は、人材不足ではない|会社が「渡せる形」になっていない4つの理由)。
親族・社員・外部で、埋めるべき空白が違う
後継者の選択肢は大きく3つあります。それぞれ、3つの空白のうちどこが難所になるかが違います。
親族が継ぐ場合の難所は、1の決裁ラインです。親子であるために明文化しにくく、「言わなくても分かる」で進みます。しかし古参幹部から見れば、どちらの指示を聞けばよいのかが分からない状態になります。文書にすることは、信頼していないという意味ではありません。周囲が迷わないための配慮です(→親族内承継が「難しい」と感じたら)。
社員が昇格する場合の難所は、2の人事です。昨日まで同僚だった人の処遇を変える仕事は、立場が変わっただけでは担えません。オーナーが先に、動かしてよい範囲を明示しておく必要があります。ここを曖昧にすると、新しい社長は組織に手をつけず、数年が過ぎます。
外部から経営者を迎える場合の難所は、3つ全部です。社内の事情を知らない人が判断するには、権限が文書になっている必要があります。言い換えれば、外部から迎えるという選択は、3つを決めることを避けられない道です。 面倒に見えますが、決めた内容は親族や社員に譲る場合にもそのまま使えます。
※第三者承継とは: 親族や社員ではない相手に会社を渡すことです。会社ごと別の企業に譲る方法(M&A)と、株式はオーナーが持ったまま経営だけを外部の経営者に任せる方法があります。後者は、会社を手元に残しながら経営を続けられる選択肢です。
オーナーが先に決める順番
3つを同時に決める必要はありません。順番があります。
- 自分が何を手放さないかを決める。 全部渡すと決める必要はありません。株式は持ち続ける、取引先との関係は自分が担う、という線引きで構いません。残すものを決めれば、渡すものは自動的に決まります
- 渡す側の権限を文書にする。 社内規程でも、覚書でも構いません。口頭でも決めてあれば機能しますが、オーナーに何かあったときに残りません
- 周囲に順番を伝える。 幹部と金融機関には、文書にした内容を先に伝えます。順番を間違えると、人から人へ伝わる過程で意味が変わります
- そのうえで候補者を比べる。 ここまで決まっていれば、候補者に示せます。示せる会社には、候補者が集まります
この作業は、退任したい時期の5年ほど前から始めると間に合います(→後継者探しのベストなタイミングとは?)。
渡したあとにオーナーに残る仕事
3つを決めて渡したあとも、オーナーの仕事は残ります。むしろ、ここが会社を残せるかどうかを分けます。
決めた線を守ることです。 文書にした決裁ラインを、オーナー自身が越えないこと。幹部がオーナーに直接相談しに来たときに、社長に回すこと。このふるまいが半年続けば、社内の見方が変わります。文書より、オーナーの行動のほうが社内では強く読まれます。
もうひとつは、株式と税の整理です。経営の引き継ぎと株式の承継は別の作業で、同時に進める必要はありません(→法人相続の税金対策で会社が潰れる?「株の承継」と「社長交代」を切り離すプロの知恵)。
まとめ
- 後継者が決まらない理由は、候補者の不在よりも「席が引き受けられる形になっていない」ことが多い
- 候補者の側は、決裁の最終ライン・人事の権限・任期の3つが決まっていないと判断できない
- オーナーは「人が決まってから条件を決める」、候補者は「条件が決まってから判断する」と考えるため、互いに待つ。動かせるのはオーナーの側だけ
- 親族なら決裁ライン、社員なら人事権、外部なら3つ全部が難所になる
- 先に決めるのは「自分が何を手放さないか」。残すものを決めれば、渡すものが決まる
- 渡したあとは、決めた線をオーナー自身が守ることが最も効く
ペルソナ株式会社は、PEファンド投資先や事業承継など、公開されていない経営ポジションを扱っています。株式はオーナーが持ったまま、経営を担う人を外から迎えるという選択についてもご相談を受けています。後継者をお探しの方へからご連絡ください。
