後継者が決まったあと、多くのオーナーが次に迷うのが「誰に、いつ、どこまで話すか」である。結論から書くと、順番は幹部数名 → 銀行 → 全社員 → 主要取引先 → その他の取引先が基本になる。そして、どの段階でも「まだ決まっていないこと」を正直に言えるかどうかで、相手の受け止め方が変わる。
この順番には理由がある。理由を知らずに順番だけ真似ても、途中で崩れる。順に書いていく。
なぜ順番で結果が変わるのか
承継の話は、伝えた瞬間に相手の頭の中で「自分はどうなるのか」に変換される。社員なら雇用と上司、取引先なら取引条件、銀行なら返済の確度である。
このとき、相手が自分の立場を確かめる手段を持っているかどうかで反応が変わる。幹部は社長に直接聞ける。一般社員は聞けないので、同僚と推測し合う。取引先は社内の誰かに探りを入れる。銀行は数字で確かめる。
順番を間違えるというのは、確かめる手段を持たない人に先に情報が届くということだ。噂が先に回った会社では、事実を伝える前に不安のほうが広がり、後から何を説明しても「隠していた」という印象が上書きされない。順番は、情報の速さではなく確かめられる人から順に渡していくための設計である。
第1段階:幹部数名に、決定前の段階で
最初に伝えるのは、承継後も経営に残ってほしい幹部である。ここだけは、完全に決まる前が望ましい。
理由は2つある。ひとつは、幹部が「決まった後に知らされた側」になると、残ってほしい人ほど先に辞意を固めることがあるため。もうひとつは、後継者候補が外部から来る場合、幹部が受け入れられるかどうかが承継の成否そのものだからだ。
外部から経営者を迎える場合、現場を動かすのは当面この幹部たちである。彼らが「知らないうちに決まっていた」と感じた状態で新しい社長が着任すると、指示が通らない。一年かけて信頼を作り直すことになる。
伝える内容は、承継を考えていること、候補の人物像、そしてその人に何を任せ、幹部には何を任せ続けるのか。3つ目を飛ばさないこと。幹部が最も知りたいのは人事ではなく、自分の役割が残るかどうかである。
※ここで約束しすぎないこと:「今のままでいい」と言ってしまうと、後で組織を変えられなくなる。「あなたに引き続き担ってほしい領域はここだ」と範囲で伝え、やり方は新体制で決めると添える。
席の作り方そのものに不安があれば、後継者は選ぶ前に「引き受けられる席」にするに、先に埋めておく空白を整理してある。
第2段階:銀行に、公表の前に
銀行への連絡は、全社員に伝える前に済ませておく。社員から取引先、取引先から銀行へと噂で伝わるのが最も良くない形だからである。
銀行が確かめたいのは一点で、返済の確度が下がらないか。したがって伝える材料も一点に絞れる。誰が社長になり、現在の借入をどう扱い、個人保証をどうするつもりか。
個人保証は特に、曖昧にしたまま進めると後で揉める。株式を譲っても社長個人の保証は自動的には外れない。手順は会社を譲っても連帯保証は自動では外れないにまとめてある。銀行に伝える段階で、保証の扱いについて自分の希望を言えるようにしておきたい。
第3段階:全社員に、同じ日に、同じ言葉で
全社員への伝達は、一度に、同じ場所で行う。部署ごとに分けて伝えると、最初に聞いた部署から順に話が変質していく。
話す内容は、社員の関心に沿って並べる。
- 会社は続く。事業も続く
- 新しい社長は誰で、どういう人か
- 雇用と給与の扱いはどうなるのか
- 自分(オーナー)はいつまで何をするのか
- 決まっていないことは何か
3番を飛ばさないこと。社員が最初に考えるのは会社の将来ではなく自分の生活である。ここに触れずに事業の話だけをすると、聞いている側は「言わないということは悪い話だ」と受け取る。
5番も同じく重要だ。すべてを決めてから話せる承継はほとんどない。決まっていないことを正直に挙げ、いつ頃決める予定かを添えるほうが、曖昧に全部を安心させるより信用される。
第4段階:主要取引先に、オーナー自身の口から
主要な取引先には、社員への伝達の直後に、できればオーナー自身が足を運ぶ。文書だけで済ませると、相手は「取引を縮小される前触れかもしれない」と読む可能性がある。
取引先が知りたいのは、担当者が変わるのか、条件が変わるのか、支払いは変わらないのか、の3点に尽きる。変わらないなら変わらないと言う。変わる可能性があるなら、いつ頃分かるかを言う。
同行する人を決めておくと、この場は機能しやすい。後継者が決まっているなら一緒に行き、紹介して顔を見せる。長年の関係は人についているので、関係を引き継ぐ場を一度作っておくだけで、その後の取引が安定する。
順番が崩れたときに起きること
実際には、計画どおりに進まないこともある。先に噂が回った、取引先から逆に聞かれた、といった場合である。
そのときは、順番を取り戻そうとしないほうがいい。崩れた時点で、残りの相手に対しては同時に、事実を短く伝えるほうが傷が浅い。すでに知っている人に「黙っていてほしい」と頼むのは、ほぼ機能しない。
伝える内容は3つに絞れる。何が決まったか、何がまだ決まっていないか、いつ正式に説明するか。これだけで、不安の大半は「分からない」から「待てばいい」に変わる。
伝えることは、承継の作業の一部である
承継は書類が整えば終わる手続きではない。社員が働き続け、取引先が取引を続け、銀行が貸し続けて、はじめて会社が残る。伝え方は、その3つを守るための作業である。
そして、伝える相手の多くが最初に見るのは「誰が社長になるのか」だ。その人が、社員にも取引先にも説明できる人物であるかどうかが、順番の設計より先にある。
当社はPEファンド投資先や事業承継など、非公開の経営ポジションを扱っている。親族にも社員にも継ぐ人がいないとき、外部から経営者を迎えて会社を残すという選択肢がある。後継者をお探しの方へに、その進め方をまとめてある。
