「長く一緒にやってきたあの幹部に継がせたい」。後継者を考えはじめたオーナーが最初に浮かべる顔は、たいてい社内の人です。
それが途中で止まるとき、原因は本人のやる気でも能力でもありません。株を買う資金、社長個人の連帯保証、そして「決める仕事」の経験——この3つのどこかで止まっています。順番に片づけられる種類の問題で、精神論で越えるものではありません。
逆に言えば、この3つを片づけずに本人へ打診してしまうのが一番惜しい進め方です。期待を持たせたあとで資金の壁が出てくると、断られるだけでなく、その幹部が会社に居づらくなることがあります。打診は最後です。
なぜ社員への承継が最初に浮かぶのか
理由があります。社内の人なら、事業も顧客も設備の癖も分かっています。社員は動揺しにくく、取引先にも「長年の役員が引き継ぎます」と説明できます。オーナーにとっても、育ててきた人に渡せるのなら、これ以上の着地はそうありません。
その直感は正しいのです。ただし、会社を渡すという作業は「人を選ぶ」ことだけでは終わりません。渡すのは社長の椅子ではなく、株式と、借入の責任と、決定権の3つです。社員への承継が止まるのは、この3つが別々の問題だからです。
第1の関門:株を買う資金が、個人には用意できない
社長の椅子は辞任と選任で渡せますが、会社の所有権である株式は、買い取るか贈与するかしないと動きません。
ここで多くの会社がつまずきます。役員報酬で生活してきた幹部が、自己資金で株式の評価額を払えることはまずありません。しかもこの壁は、会社の調子が良いほど高くなります。 利益が出て内部留保が厚い会社は株価の評価額も上がるため、「いい会社だから継がせたい」という状況が、そのまま「いい会社だから買えない」という状況になります。これが社員承継の中心にある逆説です。
資金の組み方には型があります。詳細は税理士や取引銀行と設計するものですが、オーナーが知っておくべき選択肢はこのあたりです。
- 会社の将来の利益で返す形にする。 後継者が持株会社をつくり、そこが借入で株式を買い、以後は事業会社の利益で返済していく進め方(EBO/MBOと呼ばれます)
- 議決権と配当を分けて、経営権だけ先に渡す。 種類株式や属人的株式を使い、株式の大半はオーナーが持ったまま、決定権を先に移す
- 会社が自分の株を買い取る(自己株式の取得)ことで、段階的に持ち分を減らす
※EBO・MBOとは: EBOは従業員による買収、MBOは経営陣による買収のことです。いずれも「後継者個人の財布」ではなく、会社の収益力を担保に資金を用意して株式を買い取るしくみです。中小企業の社員承継では、この形をとらずに成立することはほとんどありません。
大事なのは、どの型を使うにしても、会社が数年ぶんの返済に耐える利益を出し続けられるかが前提になることです。資金の相談より先に、自社の利益の安定性を見ておく必要があります。
第2の関門:連帯保証を、その人とその家族が引き受けられるか
中小企業の借入には、社長個人の連帯保証がついていることが多くあります。これは会社の問題ではなく、後継者の家庭の問題です。
ここを「覚悟があるかどうか」の話にしてしまうと、まず通りません。後継者本人は引き受ける気持ちでも、配偶者が反対して止まるのは珍しいことではありません。そして一度その会話をしてしまうと、後戻りがききません。
順番としては、本人に打診する前に、取引銀行と保証をどこまで外せるかを確認しておくことです。近年は経営者保証に依存しない融資の枠組みも広がっており、「新しい社長に同じ保証を付け替える」以外の着地があり得ます。会社を譲ったあとの保証の扱いは会社を譲っても、社長個人の連帯保証は自動では外れないに詳しく書きました。
見通しが立ってから打診すれば、「保証はこうなる見込みです」と数字で話せます。これがあるかないかで、受けてもらえる確率はまったく変わります。
第3の関門:「決める仕事」をした経験がない
3つのうち、いちばん見落とされるのがここです。
社員として優秀な人は、与えられた範囲で最適化することに長けています。 任された部門の数字を伸ばし、現場を回し、無理な要求も飲み込んで成立させる。だから評価されてきました。
ところが社長の仕事は、方向が逆です。やらないことを決める。採算の合わない取引を切る。人を減らす判断をする。銀行に「この計画で貸してください」と頭を下げる。どれも、誰かに嫌われることを引き受ける仕事です。この経験がないまま社長になると、決めるべき場面で決められず、オーナーに相談しに戻ってきます。それは本人の弱さではなく、練習していないからです。
渡すまでに2〜3年あるなら、次のことを実際にやらせてみることをおすすめします。
- 予算の最終責任を持たせる。 達成できなかったときに説明する立場に置く
- 銀行との面談に同席させ、途中からは主担当として話させる
- 不採算の取引を1つ、本人の判断で打ち切らせる
- 採用と、辞めてもらう面談の両方を経験させる
判定の目安は単純です。オーナーが反対したときに、引っ込めるか、根拠を持って押し通すか。 毎回引っ込める人は、まだ渡す時期ではありません。押し通してきたら、それは準備ができた合図です。
社長になれる席をどう用意するかという観点は社長の後継者は、選ぶ前に「引き受けられる席」にするにも書いています。
3つが片づかないとき、会社を残す道はまだある
株の資金が組めない。保証を引き受けられない。決める経験が足りない。このどれかが残ったとき、選択肢は「社員承継を無理に通す」か「会社を売る」の二択ではありません。
外から経営者を迎えて、社員承継を数年後に置き直すという進め方があります。オーナーは株主として残り、経営は外部から来た社長が預かる。その数年のあいだに、幹部は役員として「決める仕事」を実地で覚え、会社は返済に耐える利益の形を整える。数年後に、あらためて株を渡す。
これは会社を手放す話ではなく、会社を残すための中継です。社員承継と第三者承継を対立させて考えないほうがいい、というのが私たちの立場です。外部から社長を迎えることは、社内の後継者をあきらめることとイコールではありません。
誰にどの順番で伝えるかは、決まったあとの話として後継者が決まったら、誰にどの順番で伝えるかにまとめています。
進める順番
最後に、順番だけ整理します。
- 自社の利益が、株の買取資金の返済に何年耐えられるかを見る(顧問税理士と)
- 連帯保証をどこまで外せるかを、取引銀行に確認する
- 候補者に「決める仕事」を2〜3年やらせ、押し通せるかを見る
- そのうえで打診する
- 1〜3のどこかが埋まらなければ、外部から経営者を迎えて時間を作る
よくある失敗は、4を最初にやってしまうことです。気持ちから入って、あとで資金と保証の話が出てくる。断られたほうも気まずく、会社に残りにくくなります。気持ちは最後に確かめるものだと考えてください。
ペルソナ株式会社は、PEファンド投資先や事業承継など、表に出ない経営ポジションを扱っています。社内に後継者がいない場合、あるいは今はまだ渡せない場合に、外から経営者を迎えるという選択肢については後継者をお探しの方へをご覧ください。
