外から社長を迎えるという話が、報酬の額で止まることがあります。「自分がもらっている額より高い人を、うちで雇えるわけがない」。この一言で検討が終わってしまう。
結論から書きます。オーナーの報酬と、外から来る社長の報酬は、決まり方がまったく違います。 だから額を並べて比べると、ほぼ必ず「高い」と感じます。比べる相手が違っているのです。
比べるべきなのは、社長という席に、会社が年間いくら払っていたかです。その額を一度出してみると、議論の形が変わります。以下、その出し方と、報酬の組み方を順に書きます。
オーナーの報酬は、相場で決まっていない
創業オーナーや二代目の役員報酬は、労働市場の相場を見て決められてはいません。多くの場合、こういう事情で決まっています。
- 会社に残す利益と、個人で受け取る額の配分として決める。法人税と所得税のどちらが有利かを見ながら、顧問税理士と相談して額を置く
- 将来の役員退職慰労金を見込んで、現役中の報酬を抑えることがある
- 借入の返済や設備投資の予定があれば、その年は自分の報酬を下げる
※ 役員退職慰労金とは: 役員が退任するときに会社から支払われる退職金のこと。在任年数や報酬額をもとに算定するのが一般的で、支給には株主総会の決議などの手続きが必要です。現役中の報酬を抑えて退任時にまとめて受け取る形を選ぶ会社もあります。
つまりオーナーの報酬額は、その人の仕事の値段ではなく、会社と個人のお金の置き方の結果です。自分の報酬を下げた年があるとすれば、それは市場価値が下がったからではありません。
一方、外から来る社長の報酬は、その人が他の会社から受け取れる額で決まります。上場企業の役員、ファンドが投資した会社の社長、他のオーナー企業の後継社長——そういう選択肢と並べて、本人は判断します。相場のある世界です。
決まり方の違う2つの数字を並べて「高い」と感じるのは、当然のことです。
社長の席に、会社はいくら払っていたか
比べるための数字を作ります。難しい計算ではありません。直近の決算と、ご自身の記憶から出せます。
1. ご自身の役員報酬(額面)
2. 会社が負担していた、社長個人に関わる費用
社宅の家賃、社用車とその維持費、生命保険の保険料、ゴルフ会員権や交際費のうち社長の裁量で使っていた部分、出張の実費以外の部分。これらは報酬明細には出ませんが、会社が社長の席のために払っていたお金です。
3. 役員退職慰労金の、1年あたりの積み上がり
退任時に受け取る前提で現役中の報酬を抑えていたなら、その分は「後払いにしてある報酬」です。想定額を在任年数で割った数字を入れます。
4. ご自身が無報酬でやっていた仕事の外注換算
ここが一番抜け落ちます。オーナー社長は、社長の仕事以外のことも相当やっています。銀行との折衝、主要取引先の担当、現場のトラブル対応、採用の最終面接、朝のシャッター開け。これを外から来た社長がやらない(やれない)なら、誰かを雇うか外注することになります。その費用は、社長の報酬ではなく会社の追加コストとして出てきます。
1から4を足したものが、この会社が社長の席に払ってきた実際の金額です。
多くの場合、1だけで比べていたときより数字は大きくなります。外部社長の報酬が高いのではなく、オーナーが安い額面で、席の値段より多くの仕事をしていたという形で見えることがあります。
決算書が税金を抑えるために作られていて実力が見えにくくなる構造はオーナー会社の決算書は、税金を抑えるために作られている|渡す前に「実力が見える説明」を用意する5項目に書きました。報酬の整理も、同じ作業の一部です。
4番を減らすほうが、報酬を下げるより効く
ここまでの数字を出すと、打ち手が見えてきます。
外部社長の報酬を値切るのは、交渉として一番効きません。相場のある世界の人なので、下げれば単に来ません。来たとしても、他に選択肢がなかった人が来ます。
効くのは、4番を減らすことです。つまり、社長がやっていた仕事のうち、社長でなくてもできることを、渡す前に別の人に移しておく。
- 銀行との折衝 → 財務担当者を同席させて顔をつなぐ
- 主要取引先の担当 → 営業責任者と2人で回る期間を作る
- 現場のトラブル対応 → 判断の基準を書き出して、現場の責任者に権限を渡す
これは報酬の話に見えて、実は渡せる席にする作業です。社長の仕事が社長個人に貼りついたままだと、来る人の要件が「オーナーと同じことを全部できる人」になります。そんな人はほとんどいませんし、いたとしても高くつきます。
社長と一緒に抜ける人を先に数える話は後継者を一人決めても、足りないことがあります|社長と一緒に抜ける人を、先に数えるに書きました。報酬の観点でも同じことが言えます。席を軽くすれば、払う額も下がります。
報酬は3層で組む
額が見えたら、組み方です。外部から社長を迎える場合、報酬は1本の月額ではなく、3つの層で考えます。
第1層:固定報酬
生活が成り立ち、前職から移る判断ができる水準。ここを削ると候補者の層が変わります。固定部分は「やる気を引き出すためのお金」ではなく、その人がリスクを取るための土台です。
第2層:業績連動
オーナーと利害を揃えるための部分です。ここで大事なのは額よりも指標の選び方です。
- 売上に連動させると、利益を削って売上を作る動きが出ます
- 当期利益に連動させると、必要な投資を後回しにする動きが出ます
- オーナー企業で噛み合いやすいのは、借入の返済と必要な設備投資を済ませたあとに会社に残るお金です。オーナーが実際に気にしているのはここであることが多い
指標は1つか2つに絞ります。3つ以上並べると、どれも本気で追われません。
第3層:資本(株式)
会社を残したいなら、ここを検討の外に置かないでください。
株を一部でも持つと、来る人の判断が変わります。給料をもらう人から、会社の価値を上げる人になります。形はいくつかあります。少数の持分を譲る、将来決まった価格で買える権利を与える(ストックオプション)、役員持株会を作る。
※ ストックオプションとは: あらかじめ決めた価格で、将来その会社の株式を買うことができる権利のこと。会社の価値が上がってから買えば差額が利益になるため、受け取った人は価値を上げる側に立ちます。非上場会社でも設計できますが、条件の決め方で効き方が大きく変わります。
株を渡すこと自体に抵抗があるのは自然なお考えです。ただ、持分を1株も動かさない前提では、報酬の第3層が空くことになります。空いた分は第1層か第2層、つまり現金で埋めることになります。どちらを選ぶかという話です。
株は持ったまま社長だけを外から迎える形が成立する条件は会社を売らずに、社長だけを外から迎える|株を持ったまま会社を残す形が成立する条件と、壊れる条件に書きました。この形を選ぶ場合、第2層の設計が特に重要になります。
税務と法務は、先に専門家に当てる
報酬の形は、税金と手続きの制約を強く受けます。
- 役員報酬は原則として期中に自由に増減できません。業績連動の支給にも、損金として認められるための要件があります
- 株式の譲渡やストックオプションの設計は、評価額の算定や課税の時期が論点になります
- 連帯保証をどう扱うかは、報酬とは別の交渉です
ここは顧問税理士、場合によっては株式の評価に詳しい専門家に、候補者と話す前に当てておいてください。条件を口頭で伝えたあとに「税務上できません」となると、交渉が最初からやり直しになります。
連帯保証の扱いについては会社を譲っても、社長個人の連帯保証は自動では外れない|外れたことを確かめる手順と、契約に入れる3つに書きました。
今はその額を払えない、という場合
決算を見て、どう組んでも今の利益では払えないという結論になることもあります。その場合でも、検討を止める必要はありません。段階を踏む形があります。
1. 社外取締役や顧問として、月に数日から始める
経営の判断に加わってもらう形で関係を作り、会社の実情を見てもらいます。報酬は常勤の社長とは別の水準です。この期間は、こちらが相手を見る期間でもあります。
2. No.2として迎え、1〜2年後に社長とする
就任の時期を後ろにずらし、報酬も段階的に上げます。社員や取引先への説明も、この形のほうが通りやすいことがあります。
3. 払える額になるまで、席を軽くする作業を先にやる
先ほどの4番を減らす作業です。1年あれば形は変わります。
いずれの形でも、先に候補者と話してから決めないことが大事です。「まず会ってみて、条件は後で」で進めると、相手の時間を使ったうえで条件が合わず、業界内で「条件が整っていない会社」として記憶されます。経営人材の層は狭く、話は伝わります。
外から来る人を何で見極めるかは外から来る後継者候補を、何で見極めるか|経歴に書かれない3つと、面談で聞く5つの質問に書きました。見極めと条件の準備は、対になっています。
まとめ
- オーナーの報酬は、会社と個人のお金の配分として決まっている。外から来る社長の報酬は、労働市場の相場で決まる。決まり方が違う数字を並べても判断できない
- 比べるのは「社長の席に会社が年間いくら払っていたか」。役員報酬+会社負担の個人費用+退職慰労金の年あたり+無報酬でやっていた仕事の外注換算
- 報酬を値切るより、社長がやっていた仕事を渡す前に別の人に移すほうが効く。席を軽くすれば払う額も下がる
- 組み方は固定・業績連動・株の3層。株を1株も動かさない前提なら、その分は現金で埋めることになる
- 税務と法務は、候補者と話す前に専門家に当てる
- 今の利益で払えない場合も、社外取締役から・No.2から・席を軽くしてから、という形がある
ペルソナ株式会社は、PEファンドの投資先や事業承継のように、公開されていない経営ポジションを扱っています。会社を残すために外から社長を迎えるという選択肢については後継者をお探しの方へをご覧ください。報酬の組み方も、席の形が決まってからのほうが決めやすくなります。
