経営幹部クラスの転職は、求人を見比べて選ぶ仕事ではない。案件が発生したときに声がかかるかどうかで、選べる範囲がほぼ決まる。そして声がかかるかどうかは、あなたが探し始める前に何を決めているかで決まる。
決めておくことは3つある。誰が株主の会社で働くか、何をもって成功とするか、報酬をどの形で受け取るか。 この3つが言語化できていない人は、案件が来ても判断に時間がかかり、その間に他の候補者が進む。能力の問題ではなく、順番の問題だ。
なぜ「探してから決める」では間に合わないのか
一般の転職は、募集が出て、応募して、選考が始まる。経営ポジションは順番が違う。**課題が発生し、株主や取締役会の中で要件が定義され、その時点で心当たりのある数名に当たる。**公募になるのは、その数名で決まらなかったときだけだ。
つまりあなたが「そろそろ動くか」と求人を探し始めるとき、動いている案件はすでに人選が始まっている。探す行為が悪いのではなく、探し始めた時点で2番手以降のレーンに入る構造になっている。求人サイトとの付き合い方については経営幹部の求人が転職サイトに出てこない理由に書いた。
この構造の下で先頭のレーンに入るには、案件が生まれた瞬間に、誰かの頭の中であなたの名前が出る状態を作っておくしかない。そのために必要なのが、以下の3つを先に決めておくことだ。条件が明確な人は思い出されやすく、「良い案件があれば」と言う人は思い出されない。要件と照らし合わせられないからだ。
1. 誰が株主の会社で働くか
同じ「経営幹部」でも、株主が誰かで仕事の中身は別物になる。ここを決めていないと、案件ごとに判断がぶれる。そしてぶれは、推薦する側にはっきり伝わる。
PEファンドの投資先は、3〜5年でのExitが前提にある。意思決定の相手は投資委員会で、議論は数字で進む。着任直後から計画との差異を問われるかわりに、必要な投資の意思決定は速い。
※Exit(イグジット)とは:投資したファンドが株式を売却して投資を回収すること。売却先は事業会社、別のファンド、あるいは株式市場(IPO)。この時期が実質的な任期の区切りになる。
オーナー企業は、株主が個人だ。合意形成は数字ではなく関係の質で進む。任期は明文化されないことが多く、実質的にはオーナーの考えが変わるまで続く。裁量は大きいが、その裁量が一夜で縮むこともある。
上場企業の子会社や事業会社の買収先は、親会社の人事制度と評価軸の上に乗る。報酬の上限も、意思決定の速度も、親会社の論理で決まる。
どれが良いという話ではない。自分がどの意思決定環境なら力が出るかを決めるという話だ。数字で詰められる環境が得意な人もいれば、人との信頼で動かす環境が得意な人もいる。ここが曖昧なまま複数のタイプを並行して受けると、面接での言葉が薄くなる。
2. 何をもって成功とするか(任期と評価軸)
経営幹部の着任が失敗に終わるとき、原因の多くは能力ではない。「何ができていれば成功なのか」が株主と本人でずれていたことだ。そしてこのずれは、入社後に発覚する。入社前に確かめられるのに、確かめないまま入る人が多い。
確かめ方は一つで、オファー前に株主または取締役会にこう聞く。
「12か月後、何が起きていれば、あなたはこの採用が成功だったと言いますか」
この質問に具体的な答えが返ってくる会社は、要件定義が終わっている。返ってこない会社は、成功の定義が入ってから決まる。それは、あなたの実績が誰かの機嫌で評価されるということだ。
答えが返ってきたら、次に聞くべきは順番だ。「その中で、最初の3か月で見たいのはどれですか」。全部と答える会社は、優先順位を決める仕事をあなたに丸投げしている。それ自体が悪いわけではないが、そうと分かった上で受けるのと、知らずに受けるのとでは違う。
任期の感覚も同じ場でつかんでおく。Exitが2年後に見えているのか、5年かけて作るのか。**打てる手が変わる。**2年なら仕込みに1年かかる施策は打てない。
3. 報酬をどの形で受け取るか
金額の話ではない。固定で取るか、業績連動の比率を上げるか、株式で取るか——この選択は、自分がその会社に何年いる前提かの表明になる。
固定の比率を上げれば、短期の変動から自分を守れる。そのかわり、価値を作った分の上振れは取れない。株式で取れば上振れは取れるが、Exitまで会社に残る前提になり、途中で去る選択肢が実質的に消える。業績連動は、その評価指標があなたが本当に動かすべきものと一致していなければ、指標を動かすだけの仕事に時間を使うことになる。
ここで多くの人が見落とすのは、報酬の形が打ち手を規定してしまうことだ。単年度の営業利益に連動する報酬を受け取った人は、3年目に効く投資を先送りしやすくなる。これは人格の問題ではなく設計の問題で、自分の意思では抗いにくい。
だから決めるべきは「いくらほしいか」ではなく、**「自分はこの会社で何年かけて何を作るのか、その時間軸に合う受け取り方はどれか」**という順序になる。この順序で話せる候補者は、株主側から見ても信用しやすい。報酬交渉が、会社の時間軸の議論になるからだ。
決めたあとにやること
3つが決まったら、求人を探すのではなく、経営人材を扱うエージェントに条件を渡しておく。「良い案件があれば」ではなく、「株主はこのタイプ、成功の定義がこう握れる会社、報酬はこの形なら動く」と伝える。案件が発生した瞬間に要件と照合され、名前が出る状態になる。
逆に言えば、この3つが決まっていない状態でエージェントに会っても、相手はあなたを照合できない。だから連絡が途絶える。多くの人が「市場価値が落ちた」と受け取る現象の一部は、実際には照合できない情報しか渡していないことが原因だ。
当社はPEファンド投資先や事業承継など、公開されない経営ポジションを扱っている。上の3つを整理するところから話したい方は経営者としてのキャリアを考える方へを見てほしい。
