支社長として拠点のP/Lを預かってきた人が経営ポジションを目指すとき、市場が見ているのは**担っていた売上の大きさではない。「その数字のうち、どこまでを自分の判断で作ったか」**である。
同じ「支社長」でも、価格も仕入先も人員計画も本社が決めていた拠点と、そこまで自分で決めていた拠点では、まったく別の経験として読まれる。そして厄介なことに、経歴書の上ではこの二つが同じ文章になる。 なぜそうなるのかを、支社長という立場の構造から説明する。
支社長は「外から見える権限」と「中で持つ権限」が食い違う
まず、この立場の特殊さを押さえておきたい。
会社法は、支店の事業の主任者であることを示す名称を付けられた使用人について、その支店の事業に関する一切の裁判外の行為をする権限があるものとみなすと定めている(会社法13条、表見支配人)。取引の相手方からすれば、支社長という名称が付いている以上、その人は支店の取引について広い代理権を持っていると信じてよい、ということだ。
ところが社内はまったく逆で、多くの会社の職務権限規程では、支社長の決裁は金額と項目で細かく区切られている。一定額を超える値引き、新規の仕入先の採用、正社員の増員、設備投資。これらは起案するところまでが支社長の仕事で、決めるのは本社である。
つまり支社長は、対外的には「決められる人」に見えながら、社内では「上げる人」であることが多い。 この食い違いは日常業務ではほとんど問題にならない。だが転職市場に出た瞬間、これが実績の読みにくさとして表面化する。「支社の売上を◯割伸ばした」という一文からは、その人が決裁者だったのか起案者だったのかが分からないからだ。
そして市場は、判別できない情報を保守的な側に寄せて読む。 明示されていなければ「本社の方針の下で運用した人」として扱われる。これが、支社長の経験が経営経験として通りにくい最大の理由である。
同じ肩書きの下に、三つの別の仕事がある
支社長という名称は、実態の異なる三つの仕事に対して使われている。
第一に、営業組織の最上位としての支社長。 決めるのは人員の配置と顧客の割り当て、そして自分の決裁枠内の値引きまで。商品も価格も仕入も本社が持つ。ここでの成果は「与えられた条件をどれだけ使い切ったか」であり、経営判断の実績としては読まれにくい。
第二に、独立採算に近い拠点の支社長。 地域の仕入先を選び、価格の幅を持ち、採用の可否まで持っている。損益に対して、収入側と費用側の両方に手が届く。ここまで来ると、規模が小さくても経営の実績として読める。
第三に、買収した会社や地域法人の代表を兼ねている支社長。 法人格が別にあり、取締役として選任され、決算に責任を負っている。これは肩書きの呼び方が「支社長」なだけで、実態は子会社の社長である。
問題は、この三つが経歴書では区別されないまま提出されることだ。 第二・第三の型にいた人が、第一の型として読まれて落ちる。これは能力の問題ではなく、書き方の問題である。
証明すべきなのは「増やさずに作った数字」
では何を書けば、判断してきた人だと読まれるのか。有効なのは、資源が増えない中で配分を変えて数字を作った経験である。
理由は、経営を任せる側が知りたいことの順序にある。採用する側が最も知りたいのは「うまくいっているときに何ができるか」ではない。思いどおりにいかないときに、この人は何を切るのかである。増員と予算増によって伸ばした実績は、本社が投資判断をした成果として割り引かれる。一方、人員も予算も据え置きのまま、担当替え・顧客の絞り込み・不採算の取引からの撤退といった再配分で数字を作った経験は、規模が小さくても本人の判断として残る。
だから経歴書に書くべきなのは、金額そのものではなく、**その金額の裏にあった「やめた判断」**である。どの顧客との取引を縮小したか。どの商品を置くのをやめたか。誰をどこから外したか。そしてそれを、誰の承認を得て決めたのか。承認者が自分より上にいたなら、そう書いてよい。起案者であったことを正直に書いた経歴書のほうが、決裁者だったかのように読める曖昧な書き方より強い。 曖昧さは前述のとおり、保守的な側に寄せて読まれるからだ。
この「決裁範囲で読まれる」という構造は、支社長に限った話ではない。社長経験者であっても同じ読まれ方をする点は、社長の転職で見られているのは肩書きではないで詳しく触れている。
進む方向は三つ。支えてくれる本社機能の有無で難易度が変わる
支社長からの現実的な進路は、大きく三つに分かれる。
一つは、同業のより大きな拠点や事業部長への移動。 連続的で決まりやすいが、読まれ方の構造は変わらない。本社機能に支えられた運用の仕事のままなので、数年後に同じ壁に当たる。
二つめは、中堅企業の役員・事業責任者。 ここで初めて、これまで本社が持っていた機能——価格、仕入、採用、資金繰り——の一部か全部を自分で引き受けることになる。規模は下がることが多いが、決裁範囲は広がる。支社長経験が最も素直に接続するのはこの道である。
三つめは、PEファンドの投資先や、後継者不在の企業の経営陣。 決裁範囲は一気に広がり、株主との距離も近くなる。ただし注意すべきなのは、こうした会社には、支社長時代に自分を支えていた本社機能が存在しないことだ。 商品開発も、与信管理も、人事制度も、情報システムも、誰かが作らなければ無い。拠点運営の巧拙とは別の能力が要る。
※PEファンドの投資先とは: 投資ファンドが株式の過半などを取得して経営に関与している会社のこと。数年で企業価値を高めて次の株主に引き継ぐことが前提のため、経営陣に求められる期限と成果が明確に決まっているのが特徴です。
なお、こうした二つめ・三つめのポジションは公開の求人として出てこないことが多い。当社も、PEファンドの投資先や事業承継の局面にある企業から、非公開の経営ポジションをお預かりしている。関心があれば経営者としてのキャリアを考える方へから状況を伺っている。
動く前に確認したい二点
最後に、支社長として動く前に自分で確かめておきたいことを二つ挙げる。
一つは、職務権限規程を読み返して、自分が決裁者だった項目を書き出すこと。 記憶ではなく規程で確認する。金額の閾値と項目名まで具体的に押さえておくと、面談で「どこまでご自身で決められていましたか」と聞かれたときに、即答できる。この質問は必ず来ると考えてよい。
もう一つは、自分の実績から本社が用意した条件を外してみること。 ブランド、既存顧客、商品力、与信枠。これらを差し引いたあとに残るものが、次の会社に持っていける実績である。残るものが少なくても悲観する必要はない。多くの支社長がそこで初めて、自分が何を経験していないかを正確に言えるようになる。 経営を任せる側が信用するのは、できることを大きく語る人ではなく、できていないことの範囲を正しく言える人のほうである。
