役員クラスの転職でエージェント選びに迷っているなら、比較すべきは会社の規模でも実績数でもない。そのエージェントが、どこから、どういう局面の依頼を受けているかである。役員の案件は「役員求人」という棚に並んでいるのではなく、依頼元ごとにまったく別の在庫として存在している。だから「役員に強いエージェント」という括りで探すと、構造上、目当ての席には行き着かない。
発注側は「役員が欲しい」とは言わない
経営人材の依頼が発生する瞬間に立ち会うと、依頼の言葉が肩書きから始まらないことがわかる。
投資先の業績が計画から乖離しはじめたファンドは「二年で立て直せる人」と言う。後継者のいないオーナーは「この会社を引き受けてくれる人」と言う。買収した事業を統合しきれていない買い手は「両社の現場を同時に動かせる人」と言う。いずれも、解きたい問題の記述であって、役職名ではない。
役職名は、その問題を解ける人を迎えるために後から決まる。取締役にするか、執行役員として入れて一年後に登用するか、社長として送り込むか。これは資本構造と社内の事情で決まる後工程であり、依頼の本体ではない。
つまり「役員」という語は、発注側の要件定義の中に最初から入っていない。要件に入っていない語で検索しているのだから、それに一致する在庫が薄いのは当然である。
「役員求人」というラベルが付いているものは、たいてい別のもの
では、実際に「役員求人」と書かれて並んでいる案件は何か。多くは、組織の中の上位ポストの補充である。事業部長の一階層上、あるいは管理部門の統括。職務は定義されており、前任者がいて、評価指標も引き継がれる。
これは経営を任せる仕事ではなく、設計済みの椅子を埋める仕事だ。悪い案件という意味ではない。ただ、そこで求められているのは意思決定の担い手ではなく、決まった枠の中での執行の質である。役員という肩書きに惹かれて応募し、着任してから「思っていたより決められない」と感じるずれは、ほぼここで起きている。
一方、経営を任せる依頼は、なぜ公開されないのか。理由は守秘ではなく順序にある。依頼が言語化される時点で、対象の会社にはまだ現職の経営者がいることが多い。交代の検討が外に漏れれば、取引先も従業員も動揺する。だから依頼は少数のエージェントに口頭で渡され、候補者リストは数週間で作られ、埋まったら消える。公開市場に出す時間そのものが存在しない。
この時間の構造が、候補者側の動き方を規定する。リストは依頼を受けてから作られるのではなく、エージェントが普段から持っている頭の中の名簿から抜き出される。数週間でリストを出すには、その場で人を探していては間に合わないからだ。したがって、案件が出てから接点を作ろうとする動きは、原理的に一周遅れる。転職の意思が固まっていない段階で会っておくことに意味があるのは、この順序のためである。
エージェントの在庫は、取引のある発注元の種類で決まる
ここまでを踏まえると、エージェントを分ける軸が見えてくる。普段どこから依頼を受けているかである。
PEファンドと取引があるエージェントの在庫は、投資実行後の経営体制と、バリューアップ局面のCxOに偏る。期限と投資仮説が先にあり、候補者に求められるのは他人の仮説を実行計画に翻訳する力になる。
事業承継の現場に入っているエージェントの在庫は、オーナーからの信頼を前提にした後継経営者の席になる。ここでは事業の数字より、先代や古参社員との関係を築けるかが選考の中心に来る。
大企業の本体と取引があるエージェントの在庫は、社内の階層に組み込まれたポストが中心になる。稟議と本社機能があり、決裁の範囲は最初から決まっている。
同じ「役員」でも、この三つは選考で見られるものが違う。だから「役員に強い」という自己紹介は、実務上ほとんど情報量がない。聞くべきは強さではなく、直近一年でどの種類の依頼をいくつ受けているかである。
初回の面談で、在庫の種類は見分けられる
見分けるのに実績表は要らない。最初の一時間で判断できる。
何を聞かれるか。 現年収と現在の肩書き、希望年収から入る面談は、条件でデータベースを検索する仕事の進め方だ。これに対し、「いまの会社で、あなたが自分で決めていたのはどこまでですか」「予算と人事と撤退のどれを上げていましたか」と聞いてくる相手は、発注元の問題に照らして人を当てる仕事をしている。後者は、依頼の中身を知らなければ出てこない質問である。
案件がどう提示されるか。 求人票が送られてくるか、状況が語られるか。経営を任せる依頼は求人票に収まらない。株主が誰で、いま何が起きていて、前任者はなぜ替わるのか。この背景を語れないエージェントは、その案件の依頼を直接受けていない可能性が高い。
断る理由を説明できるか。 「あなたには合いません」と、理由まで含めて言える相手は、要件を握っている。逆に何でも合いそうだと言う相手は、要件を知らないか、数を出す設計で動いている。
複数登録すべきか、という問いへの答え
一般の転職では登録先を増やすほど機会が増える。役員クラスでは、同じ理屈が成立しない。在庫が発注元ごとに分かれている以上、同じ種類の依頼元を持つエージェントを三社増やしても、見えるものはほとんど変わらないからだ。
増やすなら種類で増やす。ファンド系と承継系では、届く話も、その先のキャリアの形も別物になる。そして自分がどの資本構造の下で働きたいのかは、案件を見る前に決めておいたほうがよい。決めていないと、最初に届いた話の枠で判断してしまう。
なお、その資本構造の違いが経験の通用範囲をどう変えるかについては、社長の転職で見られているのは肩書きではないで構造から扱っている。
エージェントを選ぶという行為は、実際には「どの発注元の世界を見にいくか」を選ぶことに等しい。会社名で比較するのをやめて、依頼の出どころを聞くところから始めたい。
当社は、PEファンドの投資先や事業承継の局面で生まれる、公開されない経営ポジションを扱っている。経営者としてのキャリアをお考えの方へもあわせてご覧いただきたい。
