社外取締役の公募に応募して就任することは、制度としてはありうる。ただし応募は選考の本体ではない。候補を決めるのは指名委員会(または指名諮問委員会)と取締役会で、最終的には株主総会の選任議案になる。公募はその手前にある探索の入口にすぎない。
だから通るのは、経歴の総合点が高い人ではない。その会社の取締役会に足りていない一つの列を、埋められる人である。この読み替えができるかどうかで、応募書類の中身がまるごと変わる。
なぜ「公募」という形が出てきたのか
背景は本人側の事情ではなく、会社側の制度事情にある。
2021年3月に施行された改正会社法で、有価証券報告書を提出する一定の会社に社外取締役を置くことが義務づけられた。同じ年の6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードでは、プライム市場の上場会社に対し、独立社外取締役を取締役会の3分の1以上選任することが求められている。さらに、各取締役が持つ知識・経験・能力の組み合わせを一覧で開示すること(いわゆるスキルマトリックス)も求められるようになった。
※スキルマトリックスとは: 縦に取締役の名前、横に「財務・会計」「グローバル」「法務・リスク管理」「DX・技術」といった項目を並べ、誰がどの領域を担えるかを丸印で示した表のこと。有価証券報告書やコーポレート・ガバナンス報告書、招集通知に載る。
この表には、埋まらない列が可視化されるという性質がある。開示する以上、空欄のまま放置しにくい。従来の社外取締役は取引先や金融機関、経営者同士の人脈から選ばれることが多かったが、その人脈の中に「その列を埋められる人」がいるとは限らない。財務、サイバーセキュリティ、海外事業のガバナンス、人的資本の開示。名指しで足りない属性を埋める必要が出たとき、探索の範囲を広げる手段のひとつとして公募という形が現れた。
つまり公募は、間口が広がったというより、要件が具体的になった結果である。
見られているのは総合点ではなく「一つのマス」
ここから応募書類の書き方が決まる。
社外取締役の公募で落ちる書類の典型は、経歴の網羅である。どの会社で何年、どの役職を務め、売上をいくら伸ばしたか。執行の職を探すならそれでいいが、この選考で問われているのは違う。表の、どの列に丸を打てるのかである。
- 「グローバル」なら、海外子会社の何を、どの立場で管理したのか。現地法人の取締役会に出ていたのか、本社側から見ていたのか
- 「財務・会計」なら、決算開示の責任者だったのか、資金調達の当事者だったのか、監査法人と対峙した経験があるのか
- 「法務・リスク管理」なら、有事に何を判断したのか。平時の管掌と、事故が起きた後の対応では意味が違う
一文で言えることが要る。「私は御社の表の◯◯の列に丸を打てる。根拠はこの経験である」。これが言えない応募は、読む側にとって分類できない。
選考の本体は、応募のあとに半年ある
公募に応募したあと、就任までの道のりは長い。おおよそこうなる。
- 書類の選別 — 事務局(総務・法務・人事)が要件で絞る
- 指名委員会での検討 — 取締役会の諮問機関として、候補者の適合性を審議する
- 面談 — 委員長、社長・会長、他の社外取締役と会う。一回では終わらない
- 取締役会での決議 — 株主総会に提出する選任議案として承認される
- 株主総会で選任 — ここで初めて取締役になる
定時株主総会は年に一度である。議案の内容は招集通知の発送前に固まるから、逆算すると候補者の検討は総会の半年以上前から始まっている。応募のタイミングがそこに合わなければ、翌年に回る。
※指名委員会とは: 取締役候補を検討する会議体のこと。会社法上の機関である「指名委員会等設置会社」の指名委員会と、多くの会社が任意で設置している「指名諮問委員会」は別物で、後者に法的な決定権はない。ただし実務上、候補者を絞る役割はどちらも同じである。
この時間軸を知らないと、返事がないことを不採用と受け取ってしまう。実際には、次の期の議案として検討が続いていることがある。
「非常勤」だが、責任は常勤と同じ重さで来る
就任後に負うものは、勤務の頻度では軽くならない。取締役は会社に対して善管注意義務を負い、それは月に一度しか出社しない社外取締役でも変わらない。取締役会で賛成すれば、その決議に対する責任を負う。判断材料が足りないなら、足りないと言って追加を求める側にいる。
だから就任を検討する段階で確認しておくことがある。
- 会社役員賠償責任保険(D&O保険)に加入しているか。補償の範囲と免責はどうなっているか
- 会社との補償契約はあるか
- 取締役会の資料は何日前に配られるか。事前説明の機会はあるか
- 監査役・監査等委員や会計監査人と、社外役員が直接話す場が設けられているか
※D&O保険とは: 役員が職務に関して損害賠償を請求されたときの、争訟費用や賠償金を補填する保険のこと。会社法上、契約内容の決定に取締役会の決議が必要とされている。加入していない会社の社外役員を引き受けることは、個人資産で責任を負う可能性を受け入れることに等しい。
報酬と責任の釣り合いについては、セミリタイアの慰労ポストか、地雷原か:社外取締役への“転職”に潜む善管注意義務の罠と適正報酬で詳しく書いた。就任前に読んでおくといい。
公募より確度が高いのは、執行の実績が説明できる状態
現実には、社外取締役の席の多くは公募の外で決まっている。スカウトや紹介の経路がどう動いているかは「社外取締役」のスカウト市場とガバナンスのリアルにまとめた。
そしてどの経路であっても、選ばれる根拠は同じところにある。社外取締役は、執行で決めてきた経験を換金するポジションであって、その逆ではない。決めた経験のない人に、他社の決議に加わる席は回ってこない。監督する側に立つには、監督される側で何を背負ったかが要る。
だから、社外の席を狙うことと、執行の席で実績を作り続けることは対立しない。むしろ後者が前者の唯一の原資である。
応募するなら、準備するのは三つ
- どの列に丸を打てるかを、一文にする。 職務経歴書はその一文の根拠として組み直す
- 兼任と利益相反を先に整理する。 何社まで引き受けられるか、競合関係にある会社はどこか。指名委員会は必ずここを見る
- 入口を一つにしない。 公募は結果も理由も開示されないのが通常である。公募・サーチ・紹介を並行させ、落ちたかどうかの判定に時間を使わない
社外取締役を含めたキャリアの選択肢は、執行の側で何を任されているかによって決まる。当社もPEファンドの投資先や事業承継など、公開されない経営ポジションを扱っている。次の一手を考えているなら、経営ポジションを探している方へも見てほしい。
