「プライベートエクイティ 年収」で検索して出てくる数字の大半は、ファンドの投資担当者の報酬である。アソシエイトからパートナーまでの、投資する側の話だ。
だが経営者としてこの世界に関わる場合、見るべきなのは別の表になる。投資先企業のCEO・CFOの報酬は、決まり方も、受け取る時期も、リスクの置き場所も違う。
この2つを混ぜたまま「PEは年収が高い」と判断すると、オファーの比較を確実に誤る。分けて見る方法を書く。
同じ言葉が、2つの職業を指している
プライベートエクイティ(未公開株式に投資し、企業価値を高めてから売却するファンド。以下PE)をめぐる報酬の話には、立場の違う2つの当事者が登場する。
1. ファンド側(投資担当者) アナリスト、アソシエイト、ヴァイスプレジデント、プリンシパル、パートナー。案件を発掘し、投資を実行し、投資先の企業価値向上を株主として監督する。報酬は「基本給+賞与+キャリード・インタレスト」の3層。
2. 投資先側(経営者) CEO、CFO、COOとして、ファンドが投資した事業会社の経営を実際に担う。報酬は「基本報酬+業績連動賞与+株式インセンティブ」の3層。
層の数は同じだが、中身は別物だ。特に3層目——成功したときの上乗せ分がどこから来るのかが根本的に違う。
ファンド側:上振れは「キャリー」から来る。ただし受け取りは数年後
ファンド側の報酬で決定的なのはキャリード・インタレスト(通称キャリー)である。
※キャリード・インタレストとは: ファンドが投資家に約束した最低限の利回り(ハードルレート)を超えて利益を出した場合、その超過分の一定割合をファンドの運用側が成功報酬として受け取る仕組み。一般に投資チームのシニアメンバーに配分され、金額は案件の成否に直結する。
重要なのは時間軸だ。PEファンドは投資してから売却(イグジット)までに数年を要する。キャリーが実際に現金として手元に来るのは、投資先が売却され、投資家への分配が終わったあとになる。
つまりファンド側の「年収」を語るとき、
- 毎年確実に入る部分(基本給+賞与)
- 数年後に、案件が成功していれば入る部分(キャリー)
この2つが1つの数字に合算されて語られることが多い。検索で見つかる高い数字は、後者が乗った年の話であることがある。
投資先側:現金部分には、構造的な上限がかかっている
一方、投資先の経営者の報酬はどうか。
経営者の報酬を上げたければファンドが払えばいい、と思われがちだが、実際には逆向きの力が強く働く。経営者の報酬は、投資先企業の販管費であるからだ。
PE投資の企業価値は、EBITDA(営業利益に減価償却費を足し戻した、事業が生む現金に近い利益)に業界ごとの倍率を掛けて算定されることが多い。ここに構造上の問題がある。
※EV/EBITDA倍率とは: 企業価値をEBITDAの何倍で評価するかという指標。業種や成長性によって変わるが、この倍率が効いている限り、EBITDAが1減ると企業価値は倍率の分だけ減る。
経営者の現金報酬を年1,000万円上げれば、EBITDAは1,000万円減る。倍率が8倍なら、売却時の企業価値は8,000万円下がる計算になる。現金報酬の上乗せは、ファンドにとって8倍の重さで返ってくる。
だから上振れ分は現金ではなく、株式インセンティブに寄せられる。経営者が株式やストックオプションを持ち、売却時の企業価値上昇分を株主と一緒に受け取る。自己資金を入れて株主になる共同投資や、既存オーナー経営者が売却後も持分を残すロールオーバーも、同じ発想の仕組みだ。
※ロールオーバーとは: 会社を売却する際、旧オーナーや経営陣が対価の一部を現金で受け取らず、買収後の新会社の株式として持ち続けること。新株主とリスクを共有し、次の売却時にもう一度果実を得る狙いがある。
この構造を知らずに「PE投資先のCEOなのに基本報酬が事業会社の役員と変わらない」と受け取ると、判断を誤る。基本報酬が抑えられているのは軽視されているからではなく、設計上そうなっていることが多い。
報酬の3層構造そのものの詳細はPEファンド傘下の役員が知るべき「インセンティブの種類」と罠で扱っている。
「年収いくらですか」ではなく、4つに分けて聞く
比較可能な形にするには、提示された条件を次の4つに分解する。年収という1つの数字では、比較のしようがない。
1. 基本報酬 毎月確実に入る額。生活の設計とローン審査に効くのはここだけである。
2. 業績連動賞与の算定式 「最大で年収の50%」といった率ではなく、何がいくつになったらいくらという式まで確認する。指標がEBITDAなのか営業利益なのか、予算はいつ誰が決めるのかで、同じ率がまったく別の金額になる。詳しくは業績連動型報酬は「率」ではなく算定式で決まるを参照いただきたい。
3. 株式の持分と取得価格 何%を、いくらで取得するのか。自己資金の拠出はいくら必要か。取得価格が投資時の企業価値に基づくのか、割り引かれるのかで、手取りの期待値は大きく変わる。
4. ベスティングとリーバー条項 ここが最も見落とされる。
※ベスティングとは: 付与された株式やオプションの権利が、在籍期間に応じて段階的に確定していく仕組み。3年、4年といった期間をかけて確定するのが一般的で、途中で退任すると未確定分は権利を失う。
※リーバー条項とは: 退任時に持分をどう扱うかの取り決め。会社都合や健康上の理由など「グッドリーバー」に該当すれば時価に近い価格で買い取られ、自己都合退職や解任など「バッドリーバー」だと取得価格での買い戻しや没収になることがある。
株式インセンティブの額面がどれだけ大きくても、**リーバー条項の書き方ひとつで、実際に受け取れる金額はゼロになりうる。**契約書のこの部分は、オファーを受ける前に必ず読む。
比較を誤らせる3つの落とし穴
前職の年収と基本報酬だけを比べる 基本報酬が下がっても、株式インセンティブが機能すれば総額は上回りうる。逆に基本報酬が同額でも、株式が機能しなければ、責任だけが重くなったことになる。
株式インセンティブの「想定額」を年収に足して比べる 想定額は、計画どおりに売却できた場合の数字である。市況、業績、保有期間の延長で変わる。確定額と期待値は別の欄に書く。
ファンドの保有残期間を見ない 入社時点でファンドが投資してから何年経っているかは、株式インセンティブの期待値を左右する。保有期間の後半に入ってから着任する場合、企業価値を動かせる残り時間も、ベスティングが完了するまでの時間も短い。面談では「このファンドがいつ投資した案件か」を必ず聞く。
数字は、案件ごとに決まっている
もう一つ、実務的な前提がある。経営ポジションの報酬は「業界の相場」で決まっているわけではない。案件ごとに予算と決裁ラインがあり、その範囲で決まる。
だから「PE投資先のCEOの年収はいくらか」という問いは、そもそも答えの出ない形をしている。出るのは「この案件では、この条件で、いくらか」という答えだけだ。相場を調べるより、実際の案件の条件を見たほうが早い。
当社は、PEファンド投資先や事業承継など、公募されない経営ポジションの選考を扱っている。条件の内訳まで含めて具体的な案件を見てみたい方は、経営者としてのキャリアをお考えの方へからご連絡いただきたい。
プライベートエクイティの年収は、検索して分かる種類の情報ではない。分解して、自分の条件に当てはめて初めて比較できる数字である。
