後継者を決めるとき、多くの会社で後ろに回されるのが「では、自分はどこにいるのか」という問いです。とりあえず会長、という形で始まることがほとんどです。
ここで起きる問題は、肩書きの重さではありません。会社の中に、決定の宛先が二つ残ることです。 これが残っている間、後継者は決めることはできても、決めたことを実行できません。
この記事では、後継者が動けなくなる3つの状態と、残る場合に先に紙に書いておく6つを書きます。「残るか、退くか」の二択ではありません。 何を残し、いつ外すかを決める話です。
後継者が動けなくなる3つの状態
1. 決定の宛先が二つある
新しい社長が何かを決めます。社員はその場では受けます。そのあと、会長室に来ます。「会長はどう言っていますか」。
一度でも会長が決定を覆すと、構造が変わります。それ以降、新しい社長の決定はすべて「仮のもの」として扱われます。 社員は悪意でそうするのではありません。長く会社を支えてきた人ほど、会社のためにどちらが本当の決定かを確かめようとします。合理的な行動です。
だから必要なのは、会長が口を出さない努力ではありません。会長が決裁する項目を、制度としてゼロにすることです。努力に頼る設計は、必ずどこかで崩れます。
2. 情報が先代に先に届く
銀行の担当者、主要取引先の社長、古参の幹部。この人たちは、20年30年の付き合いを前の社長と持っています。何か起きたとき、最初に電話がかかるのは前の社長のところです。
この状態が続くと、新しい社長は自分の会社のことを、あとから知ることになります。本人の能力とは関係なく、判断の材料が揃いません。
ここは、意識しても直りません。相手の習慣だからです。直す方法は一つで、電話を受けた前の社長が、その場で社長に繋ぎ直すことです。「その話は、いまの社長が見ていますので」。これを半年続けると、相手の電話帳が書き換わります。
3. お金の線が残っている
株式、連帯保証、役員報酬、社宅、車、会社への個人の貸付。この線がどう残っているかを、社員は正確に読みます。
※連帯保証について: 会社の借入に前の社長が個人で保証を付けている場合、社長を交代しても保証は自動では外れません。外す手続きと確認の方法は別の記事にまとめています。
経済の線が残っている人が、本当の主だと見られます。 これは感情の話ではなく、社員から見て合理的な推測です。株式の承継と社長交代は切り離して進められますが、切り離したことを社員に説明していなければ、社員には区別がつきません。
株の承継と社長交代を分けて考える方法は法人相続の税金対策で会社が潰れる?「株の承継」と「社長交代」を切り離すに書いています。
それでも、完全に消えるのが正解とは限らない
ここまで読むと、すぐに全部手放すべきだと聞こえるかもしれません。実際には、急に消えると別の問題が起きます。
会社の信用が、人に乗っているからです。銀行の格付けは会社の数字で決まりますが、融資の判断には関係の長さが影響します。主要取引先が長く付き合ってくれている理由も、契約書に書かれていないことがあります。この信用を新しい社長に移すには、時間と、前の社長が同席する場が要ります。
もう一つは、言葉になっていない判断の基準です。どの客を断ってきたか、どの仕事を受けないと決めてきたか。帳簿には残りません。
つまり決めるべきは、何を引き継ぐために残るのかです。目的が決まれば、必要な期間と関わる範囲も決まります。目的を決めずに「とりあえず会長」にすると、期間も範囲も決まりません。
3つの型と、それが効く条件
会長として残る(代表権は持たない)
※代表権とは: 会社を代表して契約を結べる権限のことです。登記簿に載ります。代表権のない会長は、肩書きはあっても対外的に会社を代表する立場ではありません。
効くのは、外向きの信用を引き継ぐのに時間が要るときです。銀行や主要取引先への紹介を、1年から2年かけて行う場合です。
条件が一つあります。社内の決裁ラインに、名前を一つも残さないこと。 投資の承認、人事、経費の決裁。どれか一つでも会長の欄があると、「1. 決定の宛先が二つある」の状態になります。
顧問・相談役になる
効くのは、技術や取引の特定分野だけを引き継ぐときです。製造の勘所、特定の顧客との関係、業界団体での役回りなど、範囲が切り出せる場合です。
条件は、契約書に終わりの日付と、関わる範囲を書くことです。「必要に応じて助言する」と書くと、範囲は無限になります。期間は1年単位で更新する形にして、自動更新にはしないほうがよいと考えます。
完全に退く
効くのは、後継者が社内から上がった人で、すでに銀行や主要取引先と自分の名前で話してきた場合です。この条件が揃っているなら、残る理由はあまりありません。
外部から迎えた後継者の場合、最初から完全に退くのは難しいことが多いです。ただし、退く日を決めずに始めるのとは別の話です。日付は最初に決められます。
残る場合に、先に紙に書く6つ
口頭の了解では持ちません。社員が見るのは、紙に書かれていることと、実際の運用です。
- 決裁ライン。会長・顧問が決裁する項目はゼロであること。例外を作るなら、その項目名を書く
- いつまでか。年月を入れます。「落ち着くまで」は期限ではありません
- 出社の頻度と、席の場所。社長室の隣に座ると、社員の足はそちらに向きます。曜日を決めて、部屋を分ける
- 誰と会うか。銀行と主要取引先への同行は、どこまでか。「最初の1年は同行し、2年目からは社長が一人で行く」まで決めます
- 社員から相談されたときの返し方。決めておく言葉は一つで足ります。「それは社長に聞いてください」。この一言を言い続けられるかどうかが、設計の成否を決めます
- 報酬と経費の線。会長報酬、社宅、車。残すものがあるなら、何を理由に残すのかを後継者に説明できる形にしておく
6つのうち、実務でいちばん効くのは5番です。制度は紙で作れますが、社員が宛先を書き換えるのは、前の社長の口から同じ言葉を何度も聞いたときです。
社員と取引先には、どう伝えるか
ここまでを決めたら、伝える順番の問題になります。順番を間違えると、人事の話ではなく「何か起きたのではないか」という話になって伝わります。誰にどの順で伝えるかは後継者が決まったら、誰にどの順番で伝えるかにまとめています。
伝えるときに一つだけ付け加えるとよいことがあります。自分がいつまで、何のために残るのかを、同じ場で言うことです。これを言わないと、社員は「社長が代わったが、実質は変わらない」と理解します。悪い報せではなく、期間と理由を言うだけで十分です。
外部から後継者を迎える場合は、選考より前に決める
外から後継者の候補に会うなら、この設計は面談の前に必要です。
理由は単純で、良い候補者は、ここが空白のまま話が進むことを見抜きます。 決裁の最終ラインが誰にあるのか、前の社長はいつまでどこにいるのか。聞いても答えが曖昧なとき、受ける人はほとんどいません。能力のある人ほど、入ってから動けない構造を察知します。
渡す席の側で先に片づけておくことは社長の後継者は、選ぶ前に「引き受けられる席」にするに、候補者を何で見極めるかは外から来る後継者候補を、何で見極めるかに書いています。
まとめ
- 問題は肩書きではなく、会社の中に決定の宛先が二つ残ること
- 後継者が動けなくなるのは、決定が覆される・情報が先に先代に届く・お金の線が残っている、の3つ
- 会長が口を出さない努力に頼らない。会長が決裁する項目を制度としてゼロにする
- 急に消えるのも危険。会社の信用と、言葉になっていない判断の基準は時間をかけて渡す
- 決めるのは「残るか退くか」ではなく、何を引き継ぐために残るのか。目的が期間と範囲を決める
- 残るなら、決裁ライン・期限・出社と席・会う相手・相談された時の返し方・報酬の線の6つを紙に書く
- 外から後継者を迎えるなら、この設計は面談より前に要る
会社を残すための後継者探しについては後継者をお探しの方へにまとめています。当社は、表には出ない経営者のポジションを扱っています。
