電気、通信、空調といった設備の工事会社に、いま買い手が集まっている。理由は、買い手の側に工事を担える人が足りないからである。

これは、オーナーにとって2つの意味を持つ。1つは、会社を譲る相手を探しやすい時期にあるということ。もう1つは、評価されているのは売上や機械ではなく、「このあとも働き続ける技術者」であるということだ。

後者が分かると、会社を残す準備の順番が変わる。価格の話より先に、人が残る形を作ることになる。

報道されている数字

M&A Online(マールオンライン)の集計によると、建設業を対象とするM&Aは2026年の1〜9月で54件(適時開示ベース)に達した。前年の年間47件を、3カ月を残して上回っている。これまで最多だった2021年の年間50件も超え、記録を更新した。

※ 適時開示ベースとは: 上場企業が投資家向けに公表した情報だけを数えた件数という意味である。非上場の会社同士の売買は入らないので、実際の件数はこれよりずっと多い。

内訳で目を引くのは、専門工事の比率である。54件のうち約6割が、電気工事、通信工事、空調工事といった設備工事を中心とする専門工事の分野だった。報道では電気工事8件、通信工事と空調工事が各5件、基礎・杭工事4件、機械・プラント設置工事3件、橋梁工事と消防施設工事が各2件、塗装・型枠・大工・建具工事が各1件と伝えられている。

背景として報じられているのは次の2つである。

  • 国内の建設投資が高い水準にある。2026年度は前年度比6.3%増の83兆2000億円が見込まれ、80兆円台は30年ぶり。ただし資材価格と人件費の上昇が金額を押し上げており、物価の影響を除いた実質では2.4%増にとどまる
  • その一方で、専門工事をめぐる人手不足が深刻化している

つまり、仕事はあるが、やれる人がいない。この状態が続くと、買い手は施工能力を買いに来る。

なぜ「人手不足」が買収の理由になるのか

ここが、オーナーにとって一番大事な部分である。

工事を受けられる量は、資格を持つ人の数と、現場を任せられる人の数で決まる。電気工事であれば電気工事士や施工管理技士、空調や消防であればそれぞれの資格がある。これは採用で短期に増やせない。試験に通る必要があり、現場での経験年数も要る。

だから買い手は、人を1人ずつ採る代わりに、人がすでに揃っている会社ごと迎えるという方法を選ぶ。報道でも、施工能力の確保に向けたM&Aが活発化している形だと説明されている。上場企業同士では、電気設備工事の大手が同業を850億円規模で買収した案件もあったと伝えられている。

これをオーナーの側から読み替えると、こうなる。

買い手が払っているのは、会社の過去の利益ではなく、これから何年ぶん工事を受けられるかに対してである。 そしてその答えを決めているのは、譲ったあとも働き続ける技術者と、現場を回せる責任者である。

決算書は、その人たちがいた結果として出てきた数字にすぎない。だから「決算を良くしてから相談しよう」と考えて時間を使うのは、この業種では順番が逆になりやすい。人が1年歳を取るほうが早い。

先に片づける3つ

であれば、準備は人から始めることになる。実務として3つある。

1. 資格者の一覧を作る

誰が、何の資格を持ち、何歳で、いつ更新か。これを紙1枚にする。社長の頭の中にはあるが、書き出されていない会社が多い。

書き出すと、たいてい自分で気づくことがある。主要な資格が特定の1人か2人に集中していることだ。その人が辞める、あるいは引退する時期が、会社を渡せる期限になる。この一覧は、買い手に見せる前に、自分が判断するために作る。

2. 現場責任者が、社長に聞かずに決められる範囲を決める

専門工事の会社では、見積り、工程の変更、職人の手配、施主との折衝を、社長が最後に握っていることが多い。それで回ってきたのだから、悪いことではない。

ただし、社長が握っている部分は、譲った瞬間に空く。買い手も後継経営者も、そこを埋められない。だから、いま社長が決めている事柄のうち、どこまでを現場の責任者に渡すかを決めて、実際に渡しておく。1年あれば形になる。

これは買い手に見せるためではなく、会社が社長なしで回る状態を作るためである。渡せる会社になっていない理由は後継者がいない原因は、人材不足ではない|会社が「渡せる形」になっていない4つの理由に整理した。

3. 社長個人に紐づいているものをほどく

許認可の名義、主要取引先との関係、金融機関への個人保証。この3つが社長個人に紐づいたままだと、譲る形そのものが制約される。

とくに個人保証は、会社を譲っても自動では外れない。会社を譲っても、社長個人の連帯保証は自動では外れない|外れたことを確かめる手順と、契約に入れる3つに手順を書いた。

「人を目的に買われる」ことの、もう一つの意味

買い手が人を目的にしている場合、譲ったあとの関心は「その人たちが残るか」に集まる。つまり、条件の交渉より、社員への伝え方のほうが結果に効くということである。

ここで急ぐと、資格を持つ人が先に動く。同業に行けば仕事があることを、本人たちが一番よく知っている。誰にどの順番で伝えるかは後継者が決まったら、誰にどの順番で伝えるかに書いた。

譲る以外に、会社を残す道がある

ここまでは、会社ごと他社に渡す場合の話である。ただ、専門工事の会社には、もう一つの形がある。

技術は社内にある。足りないのは経営であるという会社が、この業種には多い。職人の腕があり、資格者がいて、取引先からの信用もある。ないのは、受注の組み立て方、原価の管理、人を採って育てる仕組み、そして社長の次を担う人だ。

この場合、会社を手放さずに、外から経営を担う人を迎えて会社を残すという選択肢がある。株はオーナーが持ったまま、経営だけを任せる形も取れる。親族に継げる人がいない、社員の中にも適した人が見つからない、それでも会社を続けたいというときの道である。

外から来る人を何で見極めるかは外から来る後継者候補を、何で見極めるか|経歴に書かれない3つと、面談で聞く5つの質問に書いた。

当社はPEファンドの投資先や事業承継など、公募されない経営のポジションを扱っている。専門工事の会社でご相談をいただくとき、技術者の一覧と、社長が握っている決定の範囲が整理されているかどうかで、話の進み方がはっきり変わる。

いま決めなくてよいこと、いま始めてよいこと

買い手が増えている時期は、選べる時期である。急いで決める理由はない。

ただ、資格者の一覧を作ることと、現場責任者に決定を渡し始めることは、どの道を選んでも必要になる。譲るなら評価に効き、残すなら後継経営者が引き受けられる会社になる。どちらにも無駄にならない準備は、この2つである。

後継者をお探しの段階でしたら、後継者をお探しの方へに、進め方と相談の入口をまとめています。